雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り

おすすめ!
雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り
藤木 久志 1995 朝日新聞社

内容(背表紙より)

飢餓と戦争があいついだ日本の戦国時代、英雄たちの戦場は、人と物の掠奪で満ちていた。戦場に繰り広げられる、雑兵たちの奴隷狩り―。まともに耕しても食えない人々にとって、戦場は数すくない稼ぎ場だった。口減らしの戦争、掠奪に立ち向かう戦場の村の必死の営み。やがて、天下統一によって戦場が閉ざされると、人々はアジアの戦場へ、城郭都市の普請場へ、ゴールド・ラッシュの現場へ殺到した。「雑兵たちの戦場」に立つと、意外な戦国社会像が見えてくる。

感想

○本書に描かれているのはまさに「北斗の拳」さながらのヒャッハー!な世界。武将にとっては戦力を補うため、雇われる者にとっては生活の糧(あるいは富)を得るため、「懸命に耕しても食えない人々」p7は、傭兵として一時的に軍に雇われ戦場に従軍し、その先の村々で乱暴狼藉を働く。奪うのは物だけでなく、人間も対象だ。強き者が動物のようにそのまま強くある世界。

「村にいても食えない二、三男坊も、ゴロツキも悪党も、山賊か遺族や商人たちも殺到して活躍した。(ry)掠奪・暴行というものは、「食うための戦争」でもあったようだ。」p7
こんな世界、ボクはとても生きていけないなあ。

食えなくなった者たちが、他国の食える者たちを襲う世界。そういうことをお互いやり合っているから食える者たちまで食えなくなっていくわけで、なんだか皮肉な世界だ。

著者も本書で述べているが、武将ではなく雑兵に光を当てることによって描かれる混沌とした戦場の様子は、まさに戦争観の転換すらせまるものだった。
雑兵を率いた武将たちは、雑兵たちの乱暴狼藉を認めていたという。雑兵には御恩も奉公も武士道もなく、懸命に戦っても恩賞があるわけではない。その代わりが略奪というわけだ。それができるからこそこそ雑兵は武将に従って戦争に参加しているのだ。p30

特に驚いたのが、出動した先々で人や物を奪うことで、国が栄えることがあったという指摘だ。本書では武田の甲斐国が例示にあげられていた。
ストレートにこう書かれていた。曰く、
「戦国の戦争には、明らかに乱取り目当ての戦争もあり、大名さえ強ければ、それは思いのままであった。」p28

これには本当に驚かされた。僕は戦争というのは明確な戦略目標や戦略意図があって引き起こされるものだと思っていたからだ。他国に出動すれば兵糧も減少するし兵士も損耗する。せっかく他国の領地をぶんどっても、兵や兵糧をいたずらに損耗させてしまえば、かえって自国に攻め入られる隙をつくってしまうだろう。世は戦国時代。武将たちが群雄割拠し周りは敵ばかりだ。
ゆえに、明確な戦略目標があってはじめて、戦争というものは慎重に運用されるものだと思っていたのだ。戦争によってもたらされるメリットとデメリット。リスクが大きいか小さいか。これらを天秤にかけ、必要なときは素早く行動する。それをできる者が領土を拡大し、逆にそれをできないものが滅んでいくと思ったのだ。

しかし本書の主張によるのならば、僕のこの戦争観は一転してしまう。クラウゼビッツのいう政治の一手段としての武力行為ではなく、略奪それ自体を目的とした武力行為。
これが中世の乱世の戦争なのか。もちろんこういう戦争の在り方だけだったとはいわないが、少なくとも大きな一面の一つだったのだろう。

○多数の史料を引用しながら議論を進めている。できるだけ多くの国や地方に触れようとしているように思われる。

○先に書いたけれど、本書に描かれているのは中世の戦争の一面である。
重大な一面だが、この側面だけで中世の戦争を論じるのも過ちだろう。

上杉謙信は秋や冬に出兵することが多い。口減らし意味があったと著者は指摘。

○海賊や商人など、戦場で跋扈する有象無象の輩の一端も紹介されている。

○秀吉は戦争終結後に人身売買を禁ずるお触れを出している、という。

○敵軍に襲われた村人たちは、城や山に逃げ込んで対応した、と紹介。

○秀吉による天下統一後、雑兵や雑兵予備軍たちのエネルギーが日本国内の略奪にいかず、彼らが糧を得られるようにするためか、朝鮮半島への進出や城郭・城下町といった大規模な普請、鉱山開発が行われた。そうして徳川氏による平和な時代へとうつっていった、と指摘。

○東南アジアをめぐって行われた西洋列強の植民地の奪い合いや内乱の抑圧に日本人傭兵が投入された、という話も。

○本書によると人身売買が横行していたというが、こんなエネルギーに充ち満ちた乱世の人々をどうやって使役したのだろうか?

本書は、人や物を掠奪したりその対策をしていた、したたかで強い庶民を描いているわけだが、そんな強い庶民を奴隷として酷使しようとしたところで、例えそれが女や子供という身体的に弱い者だったとしてもすぐに逃げられそうだ。逃げる先がなかった? それとも扱いは悪くなかった?

奴隷を奴隷として使うにはある程度安定した社会システムが必要だろう。乱世で各種権力が覇を争っていたなか、どんな社会システムのもとで強い庶民たちを奴隷として売り買いし、運用していたのだろうか?