太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで

太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで
イアン トール(著),村上 和久(翻訳) 原著2012

内容(「BOOK」データベースより)

山本五十六は言った。「あれで、真珠湾をやれないかな…」戦争の勝敗は、戦艦を中心とする艦隊が一気に敵を殲滅する海戦で決する。古今東西の海戦を研究したアナポリスの教官が書いた一冊の本が日米両海軍の理論的支柱となった。ところが、日本海軍に生まれた一人の異端児が、その教義に根本的な疑問を抱き空母の艦隊による航空一斉攻撃という革命的手法を発案する。米主要紙絶賛、米国の若き海軍史家が描く「日本が戦争に勝っていた一八〇日間」。

ニミッツは決断する。「情報力をもって戦力差をあえてひきうける」真珠湾攻撃によって戦艦のほぼ全てを失った米国。英国のZ艦隊も、日本の航空攻撃で壊滅。圧倒的な戦力差で、正確な時刻表のように、太平洋地域を、席巻する日本陸海軍。しかし、そのころハワイの秘密部隊が着々と日本軍の暗号解読作業を進めていた。圧倒的な戦力差を、情報力で覆すことはできるのか?あなたが山本ならニミッツならどうしたか?長期的戦略、瞬時の判断を考える教科書。

感想

○タイトルをみてもわかるように、アメリカを視点にした本。つまり、アメリカの「正義」によりそって書かれた本。
これだけ研究されてるんだから、もうちょっと相対的な視点をもち、日本を批判するのと同レベルでアメリカ側を皮肉ってもいいかなあ、と思った。
しかしまあ、追いつめられた弱者として特に対戦末期の言論弾圧や特効戦術を考えるにつけ、アメリカと日本を平等に扱うのは難しいか、とも考える。

○「本書が優れているのは、海戦を単独で見るのではなく、流れの中に位置づけていることだ。(中略)各提督、指導者たちの背景、そして日米の政治状況、文化をはさみこむことによって、線から面へ、そして三次元の3D映画を観ているかのようにしてあの戦争が描かれる。」(「解説 海戦と海戦の点をつなげる」より)

、と解説で指摘されているように、本書は海戦だけでなく、それを指揮した指揮官たちにも焦点を当てている。

そしてさらに付け加えるべきことは、これまた解説で指摘されていることだが、指揮官に焦点を当てると同時に、あの壮絶な戦争を戦い抜いた現場の人々の視点、記述を豊富に取り入れていることだ。俯瞰的な視点。そして現場の、血肉がガーンと振動するかのごとく、巨大な物体がとどろき、破壊現象が暴発する視点。この2つの視点を交ぜることによって、海戦描写にリアリティが生じるとともに、戦争を多面的に捉えることを意図しているのだと思う。

現場の視点で特に印象的だったのが、
戦闘艦が破壊されると大量の油が流出するわけだが、そのまとわりつく油に苦しめられる様子。
戦闘艦という巨大な鉄のかたまりが、炎や振動、波、音といった莫大なエネルギーを放ちながら破壊されていくすさまじい光景。
面状に展開された壮絶な量の防空弾幕と、そこに損傷しながらも果敢につっこんでいく爆撃機雷撃機

○この時代の戦史に詳しくない私にとって、学ぶべき事柄は多かった。

○それにしても、相手をきちっと評価しつつ、自身のよりよい作戦を追究−−改善!改善!改善!−−していくアメリカはすごい。
この積み重ねこそが、当初、兵器の性能面でも兵器の運用面でも日本に対し大きく劣っていたアメリカ軍が、たった一年もたたないうちに日本に追いつき、ついには圧倒するまでになった、根源的な理由の一つだと思った。

メモ

ロンドン軍縮会議で結ばれた軍縮条約について不評をいうものも多数いたが、この条約により日本は空母や潜水艦など条約に縛られない戦闘艦を充実することができ、また軍拡競争の経済的負担に苦しまずにすんだ。

○西洋から未熟だと考えられていた日本の航空機開発・製造能力は、ごく短期間に、1936年には四つの航空機製造会社が世界でも一、二を争う優秀な海軍戦闘機や爆撃機水上機を製造するまでになった。

大日本帝国は海軍と陸軍が対立しており、その両者は、相手から批判されるため対外的に弱腰とみられる態度をとることができなかった。

○それまで戦艦は沈まないとすら考えられていたなか、日本は戦闘態勢中の最新鋭のイギリスの戦艦、プリンス・オブ・ウェールズを空母から発進した航空攻撃により撃沈させたことにより、空母と各種艦載機(爆撃を行う爆撃機+魚雷攻撃を行う攻撃機+それらを守る戦闘機+偵察機)による航空攻撃部隊が戦闘の中心になった。

航空攻撃部隊の特徴。
超遠距離から攻撃可能。高い攻撃力。高速。

山本五十六について。
海外をみてまわった国際派。
アメリカの国力を理解しており、アメリカとの開戦に反対。
自ら志願して海軍航空科の要職を歴任。
パイロットの募集と育成、軍用機産業の監督に従事。力をいれる。(これがアメリカのみならず全敵国を圧倒した航空戦力につながった)
大衆に慕われる人柄。

真珠湾攻撃について
当時、戦艦を中心とした砲撃戦が海戦における勝敗を決めると考えられていた。そんななか、大日本帝国海軍山本五十六の先見の明により、航空母艦艦上機による航空攻撃を真珠湾に展開し、多数のアメリカ戦闘艦に大ダメージを与えた。

もっとも、日本海軍はアメリカの修理工場、燃料タンクを攻撃しなかったため、真珠湾攻撃で大きな損害を受けたアメリカ艦隊もすみやかに復旧することができた。

アメリカは開戦初日に多数の戦艦を失ったがゆえ、航空部隊と潜水艦を中心とする部隊にすみやかに移行できた。逆に日本は真珠湾攻撃で航空部隊の高い能力を証明してみせるも、戦艦が無事だったため移行が遅れた。

アメリカの太平洋艦隊は当初、日本に対して劣勢だった。
そこで、通信傍受・暗号解読といった情報戦により、敵兵力の動きをつかむことで、戦力の劣勢に対処しようとした。

(本書には、無線が傍受され、暗号もその多くが解読され、作戦がつつ抜けだった様子が描かれている。これがミッドウェー海戦における日本の致命的な敗北につながる。)

(また、アメリカの暗号解読班が苦労して日本の暗号を解読している様子が印象的に描かれていた。)

○当時のアメリカの兵士の記録からは、日本海軍のことを「無敵艦隊」と称するものがあるなど、太平戦争当初、破竹の進軍を成した日本海軍の、そしてその航空戦力の強さが伝わってくる。

ミッドウェー海戦で日本は、これまでの躍進の中心だった空母四隻、その全艦載機、多くの熟練搭乗員を失った(飛行士はけっこう無事)。
いくつもの敗因があるが、

一、日本の戦略目標があやふやだったこと(ミッドウェー島を攻略するなら爆撃機アメリカの空母を破壊するのなら雷撃機が必要だった)

一、アメリカに情報がつつ抜けで行動が読まれ待ち伏せされ、日本の空母に対しどんぴしゃで多数の航空戦力をぶつけられたこと。偶然にも波状攻撃のかたちとなり、アメリ雷撃機の攻撃により低空に意識が向いていた日本に対し、上空から急降下爆撃を成功させたこと。

一、日本の空母は弾薬・燃料満載の艦載機を積んだままで(戦況が読めず攻撃を躊躇していた)、そこに急降下爆撃機が甚大な影響を与えたこと。
(なお、南雲忠一中将が攻撃を躊躇していたのには理解しうる理由があった)

日本海軍は太平洋当初、数々の勝利をおさめたがゆえに、慢心があった。
(相手を戦力をなめきった発想、いい加減な作戦、いい加減な図上演習)

○船が沈むときに泣く兵士たちの描写が印象的だった。船って愛されてるんだなあ。