空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む

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空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む
角幡唯介 初版2010 集英社

内容、背表紙より

チベットの奥地、ツアンポー川流域に「空白の五マイル」と呼ばれる秘境があった。そこに眠るのは、これまで数々の冒険家たちのチャレンジを跳ね返し続けてきた伝説の谷、ツアンポー峡谷。人跡未踏といわれる峡谷の初踏査へと旅立った著者が、命の危険も顧みずに挑んだ単独行の果てに目にした光景とは―。

感想

チベットの奥地。なみなみとそびえるヒマラヤ山脈の東側をツアンポー川が鋭くうがつ。そうしてできた世界屈指の急峻な渓谷がツアンポー渓谷である。ツアンポー渓谷とそこにあるとされた幻の滝に魅せられ、幾人かの探検家がチャレンジしてきた。著者もその一人である。人の侵入を拒む険しい岸壁、年中湿った腐葉土が薄く積もった滑りやすい地面、いつでもどこでも這い寄るダニ、充満するヤブ。著者の歩みは遅々として進まない。

本書は、著者自身の探検とこれまでツアンポー渓谷に挑んできた探検家たちの歩みを交互にまじえながら、人跡未踏の地に魅せられた男たちの、ときに熱く、ときに冷静な心と命がけの冒険をつむぐ。

この、ツアンポー渓谷への著者の冒険を軸に、過去に挑んだ人々の足跡を重ねる構成は、ツアンポー渓谷の厳しい風景が少しずつ明らかになっていくのと同時に、その風景の背後に時を隔てて存在する歴史的な冒険や現地の人々が照射するチベット仏教の信仰もすこしづつ明らかになる構成であり、うまいなあ、と思った。そうしてだんだんとツアンポー渓谷が立体的に浮かび上がっていくのである。

男なら、人類なら、見知らぬ世界に分け入っていく、その話に興奮しないものはいまい。安楽イスのうえであっても著者の冒険譚に気持ちが高ぶる。そうして過ごすひとときも悪いもんではない。