サイゴンのいちばん長い日

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サイゴンのいちばん長い日
近藤 紘一 初版S50 文藝春秋

内容、背表紙より

窓を揺るがす爆発音、着弾と同時に盛り上がる巨大な炎の入道雲、必死の形相で脱出ヘリに殺到する群衆、そして戦車を先頭に波のように進攻してくる北・革命政府軍兵士……。一国の首都サイゴン陥落前後の混乱をベトナム人を妻とし民衆と生活を共にした新聞記者が自らの目と耳と肌で克明に記録した迫真のルポ。

感想

ベトナム戦争で、ベトナムは南北にわかれ激しい戦争をした。そしてそれは、南ベトナムの首都サイゴンの陥落で終わった。そのサイゴン陥落前後のサイゴンの様子を記したのが本書である。

本書は新聞記者である著者1人の体験を記述しているので、サイゴンの様子を包括的に論じたものではない。しかし本書は、サイゴンを多面的に捉えることに成功している。というのも、作者はその特異な境遇から、希有な視点を得ているからだ。

1つは外国人ジャーナリストとしての立場、視点。そしてベトナムの取材に長年尽力してきた立場、視点。それにより、ベトナムのことを距離をおいた冷静な目でとらえることができる。また南ベトナム北ベトナムの要人の発言や考え、行動、それらの変化、また権力闘争(政局)を直接つかむことができる。

もう一つはベトナム人の妻をめとり、民衆と同じような長屋に住むという、市井を生きる人間としての立場、視点である(ベトナム人と同じアジア人で、ぱっと見ベトナム人に見えることもその視点に貢献したか)。北ベトナムからの難民の話や北ベトナム軍がサイゴンに迫り人々が緊迫していく様子、サイゴン陥落後の生活の変化(の端緒)。こういった話が、家族や長屋に転がり込んでくる親戚たちの話として出てくる。また仕事で関係するベトナム人やその家族たちの話として出てくる。こうして市井にとけ込むのは先進国のジャーナリストとしてはそう容易ではあるまい。

著者はサイゴン陥落という劇的な歴史に立ちあっているとはいえ、劇的な経験をしているとまではいえない。命をはって危険な取材を敢行しているとまではいえないし、正規軍の兵士や武装ゲリラから銃口をつきつけられるわけでもない。暴徒化した民衆に襲われるでもない。けれども本書は多様な視点からベトナムをえがいていて、そこに生きる人々が立体的に見えるというのと、なによりベトナムがとっても魅力的なのだ。魅力的にとらえているのだ。
著者がベトナムとそこに生きる人々を大好きであることがよく伝わってくる。美しく豊かな国で戦乱の中も一生懸命悩みながら生きている。それは権力者も民衆も一緒。そういうのが暖かいまなざしのなかでじんわりと伝わる本だった。

内容について、いろいろと印象に残っていることがあるのでざっくりとメモしておく。
戦乱を生きる人々のたくましさ、柔軟に商売。
南ベトナムの反体制派の、批判はガーガーすれど、いざとなっても権力をもって責任を引き受けて何とかしない無責任なさま。
北ベトナムという新しい権力者にすぐ対応する中国人。
ベトナム人の女性は強い。男を尻にしいている
南ベトナムは、北に比べて国土が豊か。メコン川下流の肥沃な大地。そのため人間はおおらか、なあなあ主義(著者が住んでいるときは汚職がはびこっていた)。
北ベトナムは逆に自然が厳しいので、勤勉でまじめな人間が多い。
北ベトナムからの難民がサイゴンにいるが、そのまじめな性格から商売で成功した人がたくさんいた。
南国の豊かで美しい自然。人間が戦乱で大騒ぎしているときも超然とそこにある。
ベトナム人は本が好き。