貧困の克服 アジア発展の鍵は何か

貧困の克服 アジア発展の鍵は何か
アマルティア・セン(著),大石 りら(翻訳) 2002 集英社

内容、折口より

アジアで初めてノーベル経済学賞を受賞したセン博士は、日本やアジア再生の鍵は、かつての経済至上主義路線ではなく、人間中心の経済政策への転換であると力強く提唱する。国連も注目する「人間の安全保障」という概念の可能性とは何か?また、「剥奪状態」「潜在能力」「人間的発展」といったキーワードが示唆する、理想の経済政策とは?四つの講演論文を日本の一般読者向けにオリジナル編集した本書は、セン理論の入門書であるとともに、いまだに貧困、暴力、深刻な人権侵害にあえぐ人類社会を見つめなおすための必読書でもある。

感想

 1997年から2000年に行われたセンの四つの講演集。
 講演集のため、全体の統一感や論証の正確さはあまりないが、センがどういうことを考えているかというのはよく分かる。訳者の解説が秀逸。むしろ解説の方が構造に目配せが効いていて分かりやすかった。講演を読むことで予習になったからということもあろうが。
 貧困のない、みんなが幸せに暮らせる社会をつくるにはどうすればいいだろうか?
 この問いにセンは、経済発展ではなく、人々が「潜在能力」を発揮できる人間的発展に主眼を置くべきだと主張している。公による基礎教育をしっかりし、人間的発展を目指すことは、経済の発展や生活の質を向上させるという。
 また、民主主義や市民的権利を重視する必要があるとしている。それらは普遍的価値であり、主軸におくべきという。かつ、民主主義や市民的権利は厳しい状態に置かれた人々の声を政治に反映させるため、飢饉や社会的経済的災害全般を防止するとも。

 かねがね同意。

 アジアの国々は(国家への)規律を重んじる権威主義的なアジア的価値観があるため民主主義をすんなり導入すべきでないという主張があるが、これにセンは批判している。アジアはきわめて多様である上に、自由や他者への寛容を重要なものとする精神は、アジアの文献や統治の実態としてみられる、と主張している。この議論は、もうちょい慎重に検討すべきだろう。講演だけではその妥当性を判断できない。
 ただ、自由と他者への寛容を主張するインドの古い文献なんかが紹介されていて、自由を望むことは遺伝的に根付いた精神なんだろうか、などと想像をたくましくした。

メモ

「自由を守ること、法的権利や法的資格が尊重されること、自由な議論が交わされること、公正な意見と情報が検閲なしに公表されることなども保証されていなくてはなりません。」p118

「民主主義の実践によって、人々がお互い同士から学ぶ機会を得るとともに、社会的な価値と優先順位を形作るために役立ちます。」p119