経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策
経済政策で人は死ぬか? 公衆衛生学から見た不況対策
デヴィッド スタックラー、サンジェイ バス著 橘明美、臼井 美子訳 2014 草思社
内容(「BOOK」データベースより)
緊縮財政が、国の死者数を増加させていた!世界恐慌からソ連崩壊後の不況、アジア通貨危機、さらにサブプライム危機後の大不況まで、世界各国の医療統計データを公衆衛生学者が比較・分析した最新研究。
感想
・内容を端的にまとめると、次のようになる。
不況下で実施された社会経済政策により、人びとの健康は大きな影響を受ける。緊縮政策をとり、社会福祉や公衆衛生の予算を削ると人びとの死亡率や貧困率は上昇し平均寿命は低下、不健康になる。適切な治療を受けられないばかりでなく、きちんとした食事をとれなかったり、失業や家を失うことによる強いストレスも原因か。社会経済政策が人の生死に大きな影響を与えるのである。
不況時においてもセーフティネットをしっかり維持することが、人びとの健康維持のみならず職場復帰を助け、景気回復を速やかにし、長期的には予算削減につながる。
(このことは、実際の社会経済政策が与えた影響を「自然実験」として検証。具体的にはニューディール政策時におけるアメリカ合衆国各州の公共投資を積極的に行ったか否かという違い、ソビエト連邦崩壊時の各連邦が民営化を急いだかゆっくり行ったかという違い、アジア通貨危機の際IMFの指示に従って社会保護政策を減退させたか否かという違いを「自然実験」)
・本書には不満がある。それは読者をなめている点だ。
社会経済政策の健康に与える影響を分析するため多くの国を比較している。その際、グラフを多用して己が主張の根拠としているのだが、各国のグラフの基準が大きくことなる場合があるのである。筆者の主張に従うようにグラフの見た目がきれいになることを優先し、実態をずらしているのである。
例えば、p203。スペインとスウェーデンそれぞれの自殺率と失業率をプロットし比較。しかし両国の数値の基準が大きく隔たっている。失業率は2倍ほど、自殺率は5倍近い。こうやって基準を操作することによって、グラフがきれいに見えるようにしているのだ。実態を公正に比較することよりも個々にいじって体裁を整えることを優先している。これは読者を信用していないからだ。読者自身の頭で考えることを阻害し、己が主張を不正確に押しつけているのである。
p193、194にいたっては率と実数をごちゃまぜにしている!! イタリアとアメリカを例に出し、経済の悪化と自殺者の増加が相関関係にあることを述べる部分である。ここで証拠として出しているのがイタリアとアメリカなのだが、イタリアは自殺件数、一方アメリカは自殺率なのである。そして本書はグラフがさも同じことを示しているかのように平然としているのだ。両折れ線グラフはほとんど同じように見えるよう調整している。これも実態をごまかしてグラフがきれいに見えることを優先しているのだろう。そうでなければ、片方を実数にしもう片方を率にする理由が理解できない。
筆者の主張は正しいのかもしれない。しかし、読者が自ら考えることを信用しない著者の態度から、筆者の主張まで疑わしく思ってしまう。読者をなめた筆者など信用できるか。
筆者の主張とは逆の例、つまり緊縮政策をとり、不景気からの回復を速やかにした国、あるいは不況下に福祉予算を削らずそのまま国家が事実上破綻し経済が悪化していった国はないのか、疑ってしまうのである。
・本書の主張している、福祉予算を維持すれば経済悪化の悲劇、自殺や健康悪化を抑制できる、というのは当たり前の結論だろう。自然な推論が、現実と一致していることを確認している、といってもよい。ここで学問として大切なのは、より具体的につきつめていくことではないか。つまり、どのサポートが効果が高く、どのサポートの効果が低いのか。またどの程度まで予算をかけると効果があり、どこからその効果が見合わなくなっていくのか。そういうのを具体的に検証していくことだろう。そりゃ無限に金があればなんでもできるんだろうが、現実はそうではない。そうしたなかで、どのセーフティネットがより重要なのか、明らかにすることが学問ではないか。
また福祉政策をきちんと行う方がその後の経済回復も早い、と述べている。多くの要素が絡むので難しいとは思うが、福祉政策とその後の経済状況がどういう関係にあるのか、もう少し具体的な数値として示してほしかった。福祉予算をけずる悪影響についてはたくさんのデータを示しているのに、この部分になると急にあやふやなデータになるのである。