謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア

謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア
高野秀行 2013 本の雑誌社

内容、出版者ウェブサイトより

終わりなき内戦が続き、無数の武装勢力や海賊が跋扈する「崩壊国家」ソマリア。 その中に、独自に武装解除し十数年も平和に暮らしている独立国があるという。
果たしてそんな国が本当に存在しえるのか?
事実を確かめるため、著者は誰も試みたことのない方法で世界一危険なエリアに飛び込んだ──。

感想

○日本の読者が親しみを感じて読み進められるよう、ソマリアの各部族や分家に源氏や平氏といった武家の名を冠している。確かにソマリ語という全く日本とは関係なかった言語体系の名詞は頭に入ってきづらい。もちろん日本の武家の名を冠するのはそれはそれで、不正確な印象を与えかねないという問題点もあるが、筆者自身、それを再三注意している。このアイデアは成功している、と感じた。

それ以外にも日本の歴史−−応仁の乱など−−とソマリアの部族抗争を重ねたりするなど、随所に、日本の読者向けの工夫が見られた。

ソマリランドプントランド、南部ソマリアの様々な制度・枠組みを、正の側面から負の側面まで考察することで、多面的に捉えようとしている。

物事を表だけでなく裏まで見ることは、その特徴や本質をえぐるうえで必要だ。
なお、本書に関して面白いのは、ソマリア各地域の社会システムを捉えるうえで、書籍をくって分析するというよりも、現地の人々と直接会話し、地道に交流することを通して行っているのだ!!
(しかもそれは主に、カートという多幸感をもたらす中毒性をもった植物を噛む集まりに参加し、著者自身もそれを噛みながら 笑)
すっかり現地に飛び込んで問題をつかみとろうというのだ。

他の文化、他国のことなど、ちょっと見聞きしてわかったつもりになってしまうことが多い。新聞の論評などその代表の一つだろう。しかし本当は本書のように、その地の人々と交流し、生活やミッションをともにすることで、相手の状況を身体で理解すること。そして地に足のついた、丁寧で時間と足をかけた考察することが必要なのではないか、と思った。もっとも、今でも紛争が多発し因習に縛られた社会にあって、著者のように相手の生活、懐にぐっと入り込むのはほとんど奇跡にも思えるが。

メモ

○−−−ソマリランドについて−−−
治安は非常によい。女性や外国人でも夜出歩ける。銃を持っている人間がどこにもいない。警官や兵士も滅多に見かけない。
午前中こそ非常に活発に仕事をするが、午後の大半はほとんど仕事をしない。その時間、カートを噛む集まりをやっている。
海外移住者の援助が財政の大きな支えとなっている。
海外在住者や、海外からの戻り組の影響による、民主主義や分離運動。
氏族が中心となる世界。自分や相手がどの氏族に所属しているかで、人間関係、友好、利益のやりとり度合いが決まる。議員の割り当て、場所によっては兵士の割り当ても氏族単位で決まっている。

○−−ソマリランドが、他の地域に比べ、平和で民主的な国家たり得ているわけ−−
ソマリランドを植民地支配したイギリスの方針により、これまでのような伝統的な、族長をトップとした氏族の権力が維持され、現在に引き継がれた。
掟を破っても、氏族の網を通じて必ず捕まる。
氏族間で抗争が起こっても、殺された人数で賠償金を支払って和解する、というシステムがあり、それが機能している。
ソマリランドはもともと土地も貧困で商工業も発展せず貧しかったため、干ばつや家畜の疫病のとき略奪や襲撃が発生した。しかしだからこそ、抗争を解決する手段が発達していた。
産業や資源がほとんどないゆえ、大きな抗争に発展するほどの利権がない。
有力氏族が激しい内戦を起こしても仲介に弱小氏族が入る、という現象が継続的にみられる。
争いがひどいとき、めったにやらないが加害者側の一族から美しい娘を選び、被害者の家に嫁がせる、という憎しみを連鎖させない解決法も行われた。
これまで世界観の中心だった氏族の代表が議員に選ばれることにより、民主制の政権の正当性が保証される、という仕組み。
ソマリランドの民主主義は「下からの民主主義」。村から出発し、次第に大きなグループへと和平と協力関係が構築され、それぞれの権利が確保され、最後に「国」が登場する。
議会が二つある。一つは氏族の代表たちによる議会。もう一つは政党による議会。政党による議会では、政党が特定の氏族を基盤としないような仕組みが導入されている。

○−−−ソマリ人について−−−
民族がいくつかの国に分断されるとその各国のなかで少数派となってしまうことが多い。しかしソマリア人は五つの国に分断されるも、そのうち三つの国で多数派を占めている。非常にまれな例。
ソマリ人は遊牧民。稲や小麦が育つのを辛抱強く待つ農民と違い、乏しい草や水が今どこにあるのか瞬時に判断して家畜をつれて移動しなければならない。そのため傲慢で荒っぽく、その一方、思考や行動が非常に早い。

○−−−旧ソマリアの首都、モガディショについて−−−
20年間、ほとんど戦火が絶えない都市。にも関わらず、首都ということで外国から資金や人が集まり、活気に満ちておしゃれな街。
ソマリランド人と比べ、「雅で粋」。洗練され社交性にたけ、気遣いや遠慮をもちあわせている。
各国からの援助資金の窓口として潤っている。
民兵が行き交う。
ソマリア全土と同様、氏族が中心の世界。病院や学校まで氏族が運営。
他の地域もそうだが、内戦に勝った側もやがて分裂を起こし抗争を始める。

○−−−その他−−−
○難民や重傷者は、カメラを向けるとにこっと微笑むことが多い。なぜなら、彼らが今いる難民キャンプにしても病院にしても、戦乱や飢饉という過酷な状況から必死の思いで逃れ得た「安全地帯」であり、ホッとした気持ちでいるから。
難民の写真といえば悲惨な表情をしたものが多く、同情をひくためそういう写真を選んでいるのだろう。しかし、「大やけどで死ぬかもしれない子供を抱いて微笑む母親の写真のほうがずっと現地の困難さをリアルに伝えている。」

イスラム教ほど、イスラム教国の支配者を脅かすものはない。なぜなら反対勢力にアッラーという錦を掲げられると、それを理屈で否定することはできないから。
イスラム教国の近現代史イスラム教弾圧の歴史でもある。

他者の書評の引用

○武内 進一、資料紹介:高野 秀行『謎の独立国家ソマリランド——そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア——』
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Periodicals/Africa/2013_10.html

「本書は、ソマリランドおよびソマリア全域の戦争と平和について、重要な情報をいくつも与えてくれる。氏族システムが民主主義とどのように組み合わさっているか、武装解除がどうやって可能になり、どこに限界があるのか、海賊とはどのようなビジネスなのか、南部の戦争と北部の平和が国際社会とどう結びついているのか、等々、読者は何度も目から鱗が落ちる思いをするだろう。氏族システムの伝統(本書でかなり詳細に説明される)と主権国家になりたいという渇望がソマリランドの平和を支えているという筆者の主張は、総じて説得的である。」