トラオ 徳田虎雄 不随の病院王

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トラオ 徳田虎雄 不随の病院王
青木 理 2011 小学館

内容、出版者ウェブサイトより

難病ALSを患った不随の病院王の本格評伝

日本一の病院帝国を築きあげた徳洲会理事長・徳田虎雄氏が、いま己の「生」と向き合っている。ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは身体を動かす神経系が壊れ、全身の筋肉が縮んでいく難病である。
02年春に同病を患った徳田氏は、もはや全身の自由が利かない。それでも眼球の動きで文字盤を追いながら、部下に指示を与える。ぎょろり、ぎょろりと眼を動かしながら、こう語るのだ。「これからがじんせいのしょうぶ」――。
事実、現在も全国66病院を含む約280の医療施設の経営を担い、その集票力から政界にも強い影響力を保持している。徳之島(鹿児島)への米軍飛行場移設案が盛んに論議された2010年には、徳田氏の動向がメディアでも注目された。
徳洲会設立から26年――。日本医師会と激しく対峙し、歯に衣着せぬ言動から、”奄美のハブ”と称された徳田氏はいま何を思うのか。
壮絶な闘病生活への密着、故郷・徳之島の現地ルポ、盟友・石原慎太郎氏へのインタビューなどの取材を通じて、ジャーナリスト・青木理氏が描く”不随の病院王”の本格評伝。
2011年4月から計8回連載された、週刊ポスト掲載時には、読者から大きな反響が寄せられた。

感想

徳田虎雄という人間に焦点をよく当てていたと思う。田中角栄元首相の、細かい情報まで把握しつつ、ぐいぐい解決策を実行していく様をコンピュータ付きブルドーザーと評する言説を聞いたことがある。この徳田虎雄氏もそれに近い感じで、情報収集に努め、思い切った、スケールのめちゃくちゃ大きい解決策を提示する。普通の人には失敗したら代償の大きい綱渡りにも見えるそんな大胆な解決策を、もちまえの実行力で他人の目を気にすることなく言うことも聞かず――ときに法律を平気でおかしながら――、多くの人を引きつけごいごい壮大な計画を成就させてきた。
医師という頭のいいし金も政治力もある職業人の集まりである医師会に対立しつつ、日本最大の医療グループをたった一代で築き上げた。まさに傑物。才能の面で歴史に残る傑物だろう。
「目的を定めたなら、そこに向けて一心不乱に突進していく。自分が正しいと思う目的達成のためには、あらゆる手段を行使する。目の前の信号が赤でも、構わず突き進む。」p122
「理事長の場合、目的が正しければ、その手段もすべて正しいんです。一般的には間違っているといわれるようなことでも、正しい目的を成し遂げるためなら、そのために使った手段もすべて正しくなってしまう」p270
本書で紹介されている周辺人物による徳田虎雄評はだいたいうえのような感じでそれいもそろっていて、よっぽど規格外の人物なんだろうな、と思うことしばし。

徳田虎雄氏の魅力が、本書は十分に描かれていると思う。


ただ、そうして行動してきた人間としての「徳田虎雄」はよく描かれていたと思うが、彼の内面性まで掘り下げられていたか、といえば疑問を感じざるを得なかった。
確かに、自分の信ずる「正義」のためなら法律をも気にしない苛烈ともいえる価値観に言及されていた。

しかし彼が成そうとしたこと、成していることに対してほとんど掘り下げられていなかったのである。

徳田虎雄は「24時間オープン、年中無休、贈り物は受け取らない」といったスローガンを掲げ、病院を広げていった。
離島や僻地の病院を維持し、地域医療にも力を入れている。
評価の定まっていない臓器移植にも「挑戦」してきた。

確かに、選挙における大量の金のばらまきや、行政の計画を無視して病院を建設するなど本書で述べられるような批判はある。

しかしそれはそうとして、徳田虎雄氏がなんらかの理念を掲げ、そして実際に病院をたくさん設立し、医療界や政治に大きな影響を与えてきたのは事実だ。本書はこのような「医療」に関する問題から逃げている。徳田虎雄氏は政治力も金もあわせもった強力な組織、医師会と対立してきたが、本書は両者の言い分を載せるだけだ。両論併記をしてつもりなのだろうか。

とんでもない。両者の言い分はほんのちょろっと載っているだけ。インタビューしている相手が甘いことを言ってもぜんぜんつっこみきれていない。たぶん著者は徳田虎雄に興味があるだけで、医療界には興味がないのだろう。だから自分の考えを持とうとしていないし、つっこみもできていないのだ。

でもこの浅いアプローチは間違っている。

徳田虎雄氏の考え、そして彼が成してきたことを、肯定的な部分も否定的な部分ももっともっと調べて、人に聞いて、そして自分で整理・分析をする。さらにはそれらをひっくるめて、本書のような思いこみではなく、きちんと自分で表に立って意見表明をする。

そうやって徳田虎雄氏のやってきたことを、自分の意見に責任をもてる(あるいはその責任をもつ気概をもてる)ところまで調べたり、自分に引きつけて考えてこそ、徳田虎雄氏の評伝として充実したものになるのではないか。なぜなら徳田虎雄氏は行動の人であり、実際に社会に大きな影響を与えたのだから。そしてそんな彼に肉薄するには著者自身がもっと責任を持てるだけ考え、調べなければなるまい。

本書にはそのいちばん大事なところがおざなりになっているのである。逃げているのである。
その点、ものたりなさを感じたし、評伝としてバランスを欠いているな、と思った。

○徳之島を舞台に繰り広げられた徳田虎雄保岡興治による壮絶な選挙戦についても整理されていた。
島全土を巻き込み、買収や賭けで金が飛び交い、乱闘騒ぎに本土から機動隊の出動と、そのめちゃくちゃな闘いっぷりに思わず笑ってしまった。平和だなあ。

メモ

徳田虎雄氏について。
ルールや他人の目など気にせず、ひたすら計画実現に向けてまっしぐら。猪突猛進。
「奇妙なほどキレる優秀な経営者」
離島や僻地医療の充実をはかる。
若干34歳で、いきなり中規模の病院を設立。
魅力的な人柄。強力なリーダーシップをもつ。そしてそれゆえに徳州会は一種の宗教性ともいえるものをおびていた。

○全身の筋肉(呼吸も自力でできず、唾液も飲み込めない)が動かなくなり、わずか眼球だけが動く状態になった今も、全世界の徳州会病院の会議をモニターチェックし、最終決定を行うなど、徳州会の経営を牽引している。意思の伝達はプラスチックの文字盤を目で指示することによって行っている。

○徳之島出身の徳田虎雄は幼少のころ、弟を亡くし、離島・僻地の人々がかせられてきた「医療を受けられぬ恐怖や悲しみ」を克服しようと医師を志した。

○選挙の効能
1.医療従事者たちが、市民に頭を下げ、ナマの声に触れて地域での位置を確認することにより、患者目線を獲得できる。
2.病院の宣伝。
3.職員の一体感が高まる。

以上のような理由からか、病院の成績があがった。

○政治活動と病院経営は徳州会グループを急成長させていくための車の両輪。