零戦 その誕生と栄光の記録

とてもおすすめ!!

零戦 その誕生と栄光の記録
堀越二郎 初版1970 角川

内容、背表紙より

世界の航空史に残る名機・零戦の主任設計者が、当時の記録を元にアイデアから完成までの過程を克明に綴った貴重な技術開発成功の記録。それは先見力と創意、そして不断の努力が見事に結晶したものであった。「われわれ技術に生きる者は、根拠のない憶測や軽い気持ちの批判に一喜一憂すべきではない。長期的な進歩の波こそ見誤ってはならぬ」日本の卓越した技術の伝統と技術者魂を見直すことが問われる今こそ、必読の一冊。

感想

○非常におもしろい。わくわくしながら読んだ。
日露戦争に勝利して、さらに第一次世界大戦でも低コストでちゃっかりおいしいところいただいて、アジアのなかから何とか一等国の仲間入りを果たしつつあった日本。しかし、当時から航空技術は欧米の方が圧倒的に進んでいた。その欧米に何とかキャッチアップしようともがくなかで生まれたのが、空母を中心に航空攻撃で敵を撃滅するという空母機動部隊を中心とした艦隊運用である。そしてそれを大きく支えたのが、同じく欧米に何とかキャッチアップしようとするなかで生まれた傑作戦闘機、零戦だ。
当時の常識を大きく越えた長大な飛行距離をもちつつ、優れた格闘性能を発揮した。零戦をもって日本はある面において欧米の航空技術を追い抜いたのだ。そして山本五十六連合艦隊長官のすぐれた先見性によって訓練を重ねていた熟練パイロットたちの活躍もあり(参考:「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」http://d.hatena.ne.jp/skycommu/20140104/1388798108)、中国やアメリカ、その他諸外国に対し圧倒的な戦果をほこるにいたった。少なくとも太平洋戦争初期においては。

そういう日本の野望、あるいはアジアの夢を背負った傑作戦闘機が生み出された過程が描かれている。

零戦は、きわめて高い要求、しかもそれは互いに相反する要求を満たすため、さまざまなアイデアをもちよることによって技術的克服をはかって生まれた戦闘機である。

常識的・原理的に考えて相反する要求を、そこでしかたないとあきらめず、解決策を追究してみる。考え抜いてみる。本書を読んでいると、主任設計士である堀越二郎氏の、そのねばり強い姿勢とひらめきによって零戦は生まれた、ということを感じさせられる。(あと、海軍の無茶ぶり−−常識はずれの高い性能を要求としてつきつけたこと−−も必要だったか 笑)

堀越氏の飛行機開発に挑む姿勢は、より高度な仕事をする上で普遍的なことといえそうだ。
・(水準の高い仕事をするためには、徹底的な合理精神と既存のあり方を打ち破る自由な発想が必要)p225
・「戦果をうるには、時代に即応するのではなく、時代より先に知識を磨くことと、知識に裏付けられた勇気が必要」p230


○のびのびと仕事をさせてくれた会社や上司に対する感謝の念が散見された。

○昨今、ゴーストライターが話題になっている。鬼武者の楽曲を担当したことで有名だった佐村河内守氏であるが(僕は知らなかったけれど)、彼の作品のほとんどは新垣隆氏という人物の作曲であることが、新垣氏の告発で明らかになった。それを端に発し、ゴーストライターの問題が議論となっているのだ。
私が観測した範囲では、堀江貴文氏のゴーストライターを告発する主張(http://www.pressa.jp/blog/2014/03/post-14.htmlhttp://ch.nicovideo.jp/shuhosato/blomaga/ar476796)や残留日本兵として知られている小野田寛郎氏のゴーストライターを指摘する主張(http://www.junpay.sakura.ne.jp/index.php?option=com_content&view=section&id=8&Itemid=49)を目にした。ゴーストライターは想像以上に根深いというか、暗黙の了解として運用されているのかなあ、と思っていたところ、佐々木俊尚氏の以下のような指摘を見つけた。

「 経営者本やタレント本など、プロの書き手ではないけれども「著名な人」が出している本のたぶん9割ぐらいは、ゴーストライターが代筆したものです。ここで「代筆」ということばを使ったのでわかるように、「著者」本人の考えていることや体験談を長時間のヒヤリングをもとに代わりに書いてあげるというのが、ゴーストライターの仕事です。これを「著者と言いながら実際には書いていないじゃないか。偽物だ!」と怒るのはたやすいのですが、しかしこのゴーストという仕組みは出版業界ではそれなりに意味のあるエコシステムとして発展してきました。」
「有名人本なんてゴーストライターを使っているのが当たり前じゃん、というのが出版業界の常識以前の当たり前の常識です。」

(「書籍のゴーストライターというエコシステム」佐々木俊尚)
http://www.pressa.jp/blog/2014/03/post-14.html

私自身、「ゴーストライター」というシステムは悪質な詐欺以外の何物でもないと思う。だって、著者名に惹かれて買う人はたくさんいるんだから。それが嘘なら詐欺以外の何物でもない。「共著」というかたちにすべきだ。ただ。佐々木氏の指摘は、このゴーストライターというシステムが維持されてきた背景としてするどいだろう。

さて本書はどうだろう? 僕は本書も、直接はゴーストライターが執筆したものではないだろうか、と疑っている。

その理由というのも、文章が妙にうまいのである。非文筆家にしてはうますぎると思うのである。
読んでいて思わず線を引いたところがある。

「 (引用者注:零戦の試作機について)機は、二、三千メートルぐらいの高度で急上昇と急降下を何回かくりかえし、また宙返りや急旋回を何度も行った。そのたびに、鋭いエンジン音が大空いっぱいに広がり、甘い花の香を含んだ春の空気をビリビリと振るわせた。
 私はその空気の振動を全身に快く感じながら、首の痛くなるのも忘れて空を仰いでいた。試作機は、やっと自由な飛行が許された若鳥のように、歓喜の声を上げながら、奔放に、大胆に飛行をくりかえした。ぴんと張りつめた翼は、空気を鋭く引き裂き、反転するたびにキラリキラリと陽光を反射した。」

p110

皆の思いの込められた試作機がようやく完成した。そして試験飛行をするにいたった。空を踊る試作機。自由を謳歌する試験機。その感動を、春ののどかな風景を背景にしつつ、五感を駆使して肉感的に表現している。そうそう素人に書ける文章ではあるまい。

もちろん、本書がゴーストライターの手によるものだったとしても、テクスト自体の価値を損なうものではないと思う。佐々木氏の指摘するように、ゴーストライターによる執筆だったとしても入念なインタビューに基づいたものだろうからだ。そしてむしろ文章や本全体の完成度としては、プロとやりとりしたものの方が高かろう。

○なお、本書には触れられていないことだが、大戦初期の傑作機、零戦も、その後の改修には手間取っている。大戦初期から後期にかけていくども改修を重ね、どんどん能力を向上させていったドイツのMe109やイギリスのスピットファイアとは大違いである。

というのも、よく言われるようなエンジンの開発が遅れていたことに加え、零戦が当初のエンジンパワーにギリギリに合わせて強度を設計していたからだろう。そうして長い航続距離と高い格闘戦能力を得ていたのだ。
悪くいえば発展性がなかったといえるかもしれない。そう指摘する人も多い。
でも僕は逆だと思う。つまり、エンジンパワーと機体が限界ギリギリまでマッチしていたのだと。無駄がなかったのだと。
その究極の調和があったからこそ、零戦は優れた戦闘機でありえた、傑作機でありえたと思うのだ。

メモ

○「当時の世界の技術の潮流に乗ることだけに終始せず、世界の中の日本の国情をよく考えて、独特の考え方、哲学のもとに設計された「日本人の血の通った飛行機」−−それが零戦であった。」p4

○(海軍は)「性能の一つ一つに、まだ試作段階にあるものまで含めた外国の新鋭戦闘機にくらべても、最高のレベルにはいることを要求していた。」p13
「戦闘機は、「こちら立てればあちらが立たず」という性質の強いもの」p14
「大型機を落とすために二十ミリ機銃をもち、同時に、攻撃機を護衛して敵地まで長距離を往復し、しかも、そこで待ちかまえている敵の戦闘機にうち勝つ空戦性能をもたせたいという要求」p16

○「日本では大馬力のエンジンの開発が遅れていた」p17
「馬力の劣勢を、どこまで機体設計でカバーできるかが日本の飛行機設計者にとっての課題」p36

○「人手と材料をはかりにかければ、材料の節約を優先する設計」p17

○「日本海軍は、戦闘機をもって制空権をひろげることが航空戦の基本だという新しい兵術思想を、世界に先がけて導入することになった」p43

○「九六艦戦誕生をきっかけとして、日本の飛行機設計者のあいだに、自分の頭で考え、自分の足で歩くときがきたという自覚が広がった。九六艦戦は、まさに日本航空技術を自立させ、以後の単発機の型を決定づける分水嶺」p41

○要求を満たすための工夫
・さまざまな工夫をこらし、常識では考えられないほど軽く設計
・前作の戦闘機に引き続き凹凸のない沈頭鋲を採用。空気抵抗を減らした。
・速度に応じてプロペラ翼のひねりの角度が自動的に変わり、常に最大の馬力で飛べる定回転プロペラを採用。
・一律に定められていた強度上の余裕を、部品部品の適性に応じて柔軟に運用→軽量化
・新素材の採用→軽量化
・落下式の流線型の燃料タンク→空気抵抗を減らす
パイロットの運動感覚にマッチするよう操縦応答性を設計。操縦桿を同じだけ動かしても、速く飛ぶときは舵が少ししか動かず、遅く飛ぶときは大きく動くように工夫した。操縦系統の弾性を利用して成功。「人間工学的アプローチ」

○(アメリカは零戦の優位を認め、零戦から制空権を奪う新しい戦闘機と生産活動に打撃を与える戦略爆撃機の技術開発に集中。艦爆や艦攻は緒戦のものがそのまま使われたが、技術開発を集中させた戦闘機と戦略爆撃機は次々と新型を量産し、大きな成果を上げた。一方日本は総花主義的で技術政策的にまずかった。)p212