埴輪(谷川俊太郎)

   埴輪


               谷川俊太郎


すべての感情と苔むして静かな時間とが
君の脳に沈殿している
眼の奥にある二千年の重量に耐え
君の口は何か壮大な秘密にひきしめられる
泣くことも 笑うことも 怒ることも君にはない
何故なら
君は常に泣き 笑い そして怒っているのだから

考えることも 感ずることも君にはない
しかし
君は常に吸収するそしてそれは永久に沈殿するのだ

地球から直接に生まれ 君は人間以前の人間だ
足りなかった神の吐息の故に
君は美しい素朴と健康を誇ることが出来る
君は宇宙を貯えることが出来る


          初出:『二十億光年の孤独』(昭和27年)


 この詩のモチーフになっている「埴輪」は、古墳の周りに並べられた素焼の土製品のことである。およそ千七百年前のこと。魔除けのためか。あるいは、死者の死後の世界を完全なものにするためか。
 最初はただの丸い筒状のものだったが、後期になって人型のものがでてきた。この詩でいう「埴輪」は人型のものを指すのだろう。記紀神話では、生贄として捧げられた生きた人間の代わりに、埴輪は並べられるようになったとある。もっとも、考古学的にいうと、もともと円筒埴輪が発展して人型の埴輪になったので、生贄の代わりという説明はあやしい。しかし、そういう目で埴輪をみる伝統や背景があったのだろう。


 語り手は、黙したまま何も語らぬ埴輪に何をみたのか。「常に吸収する」「永久に沈殿する」埴輪という名の暗闇を、語り手はなんと表現しているだろうか。太古の人びとがつくった、土くれの人型の造型に見えたものは・・・・・・。


 この詩を読む読者は、語り手の意識と同化し、永久と広大の無垢に放り込まれる。ああ、これが人間であったのか。