いわずに おれなくなる(まど みちお)

   いわずに おれなくなる


               まど みちお


いわずに おれなくなる
ことばでしか いえないからだ


いわずに おれなくなる
ことばでは いいきれないからだ


いわずに おれなくなる
ひとりでは 生きられないからだ


いわずに おれなくなる
ひとりでしか 生きられないからだ


          初出:『小説新潮』(2002年6月)


 一連と二連、そして三連と四連が対句になっている。「ことばでしか いえない」と「ことばでは いいきれない」や、「ひとりでは 生きられない」と「ひとりでしか 生きられない」は、一見すると、多少つじつまが合っていないようにみえるかもしれない。しかし、そのどれもが「真」であり、このように多様な見方を同時にできるのが人間なのだろう。
 どの連も、「いわずに おれなくなる」という言葉ではじまる。言葉と人間。言葉と私。言葉とあなた。あなたと私。
人間は仲間を求め、仲間とつながる生物だが、そうであるのと同時にまた、絶対的な孤独に支配される生物でもある。
 つながりを切望するからこそ、人は自らが孤独であることを知った。「いわずに おれなくなる」というリフレインと、それに続く短くも鋭利な言葉は、「人間」と「言葉」の“本質”を、的確に切りとっているように思う。


「いわずに おれなくなる」、「ひとりでしか 生きられないからだ」。
人によって、このフレーズの意味するものはかわってくるだろう。そして、それを考えているあなたに、他ならぬ「あなた」がいるのだ。