生命の多様性①・②

生命の多様性①・②
エドワード O ウィルソン 大貫昌子・牧野俊一訳 1995 11 27 岩波書店


目次


荒々しい自然、立ち直りの早い生命
1 アマゾンを襲う嵐
2 クラカタウ島
3 大絶滅


増えてゆく生命多様性
4 基本的単位
5 新しい種
6 進化をもたらす力
7 適応放散
8 未踏査の生物圏
9 生態系の創造
10 ピークに達した生物多様性


人間の影響
11 種の生と死
12 脅かされる生物多様性
13 未開発の富
14 解決への道
15 環境の倫理


(雑感)
 生物多様性の重大さ、貴重さはある程度一般にも認知されている。その生物多様性について目次の通りになかなか詳しく迫っている。


 教科書のように基本を押さえようとしつつも、ナチュラリストとしてのウィルソンの生物多様性への畏敬の念がかいま見える。それの微妙なさじ加減が本書の特徴といってよいだろう。


 特に琴線に触れた部分についてメモり、解説や私の考えを付す。


□生命、特に昆虫類の拡散力(移動力)はすばらしい。
 1930年、火山活動によってスマトラ・ジャワ間のスンダ海峡の中ほどに突如出現したアナク・クラカタウ島。1980年代に調査隊は灰で覆われたその世界で溶岩流が凝固してできた岩石の上に、海水を入れた白いプラスチック製の容器を置いてみたという。60〜81年にかけて起こった局地的な火山活動によりほとんど不毛な大地だったそうだ。にもかかわらず、10日間ほっとくと72種にも及ぶ節足動物がかかった。なんという拡散力!
 地球の陸上表面の大部分には、プランクトンとなったバクテリア、菌類の胞子、小さな種子、昆虫、クモその他さまざまの微少な生物が絶えず雨のように降り注いでおり、何週間何ヶ月間のうちには膨大な数にのぼるという。このような意外な方法をはじめ、生物は驚くべき拡散力をもって、空いた隙間にさっと進出する。


□進化はさまざまな遺伝子を担うそれぞれの個体の変化として集団におこる現象。


□「種の起源とは、自然条件のもとで集団間に、繁殖能力のある雑種を作れないようにする差異ーーーそれはどんな差異でもよいーーーの進化のことにほかならない。」


□進化していく生物。現在、巨視的に見れば進歩ともいえる。
 もちろん進化=進歩ではない。そのような誤解は唾棄されるべきだ。進化とは突然変異とさまざま淘汰によってある環境に適応的な生命が残ることをいう。進化は進歩とはまったく別の概念であり、同一の次元で考えられるものではない。
 しかし、巨視的に見れば、「途中何回も逆転はあったにせよ、生命の歴史を通してみると全体の平均としては、数少なく単純なものから数が多く複雑なものへと進んでいる。過去何十億年もの間に、動物は全体として体の大きさ、食性や防御手段、脳や行動の複雑さ、社会組織、環境管理の正確さなどの面において上に向かって進化してきた。」と考えられると著者は指摘する。
 なるほどそうかもしれない。ある程度安定した環境において生命は、時代が進むごとに確かにその環境により適応していくだろう。より各機能は複雑化し、洗練され、効率性も増すだろう。生命の誕生から今までを「ある程度」安定した環境だったとするのならば、確かに時代が進むごとに生命は進歩しているように見えるかもしれない。
 だがそれも、ある程度安定した環境が続いた時の話だ。ある環境に特化した生命は環境の変化に弱い。だからこれまでの生命の進歩を単に進歩とみなせるというのはおかしいという議論も成り立つ。
 どっちがより正確な認識なのだろう。今までの歴史は宇宙的に見れば「ある程度」安定してきたといえなくもない。しかし、間違いなく、生命は地球規模ではなかなか激しい環境変化を乗り越えてきた。その記憶は一部の生命の遺伝子に残っているはずだし、生命の基本的構造は効率性を指向しているので、時代を経るに従って基本構造のスペックは増すだろう。だから著者の指摘はけっこう成立していると思う。


生物多様性は突発的大絶滅を経つつも全体的にゆっくりと増加。
 化石の研究から生物多様性は次第に増加しているといえるそうだ。
 氏はその理由に大量絶滅器にも種の上の分類階級である属、科、門の被害が少なかったことや、超大陸パンゲアから陸地が分離し、さまざまな環境が生まれたことをあげている。
 興味深い言である。最も古代の種数など(今でさえ)きっちり計れるはずもなく、もう少し検証が必要だろう。著者の説明もいまいちピンとこない。ただ、何となくいっていることは正しいような気がする。


□熱帯は、極度の多様性をもつとして有名だが、その理由に供給されるより大きなエネルギー、より高いバイオマス生産性、より変化の少ない環境での地理的分布域の縮小がある。
 季節変化の少ない方が、安定した気候の方が、生物多様性が増すという著者の指摘は、私にとって意外。その方がより多くの生物種が環境の狭いニッチに特殊化して、周囲の何でも屋的生物との競争に勝利を収め、長く存続できるようになるからだそうだ。


□特殊化は適応拡散にしばしばみられ、生物多様性増加の大きな原動力だが、特殊化した種は環境変化に弱く、絶滅の危険性が高まる。


□人間の流入によって大型の哺乳類、鳥類が絶滅するケースは古代から多い。


□一般的には、面積が10倍だと種数は二倍に増加する。


□未開発の生命の利用が急がれる(食用、工業原料、文化的芸術的価値、薬用、遺伝的特性、などなど)。
 ある面に優れた動植物を利用することによって、生産性は何倍にもふくれあがるそうだ。


生物多様性は観光の目玉として生かせる。また、生かしていくことが地域住民と生物多様性を共存させることになる。


□生きものを知ることが生態系を保持していく上でまず重要。「賢明な対策とは、法律によって生態系の破壊を遅らせ、科学によって評価し、親しむことによって保存に導くことだ。」


《20070415の記事》