センスをみがく文章上達事典ー魅力ある文章を書く59のヒント

センスをみがく文章上達事典ー魅力ある文章を書く59のヒント
中村明 2005 東京堂出版


【「BOOK」データベースより】
文章を書くうえでの基本的な作法から効果を高めるさまざまな表現技術。そして文章の奥にいる人のけはいを映し出す表現の形と心まで日常から文学へと広く実用に役立つ総合的な文章作法事典。


【雑感】
なかなかおもしろかった。


現代文学の名文を豊富に利用し、日本語で利用できる様々な技工を解説。


各種名文に対する筆者の解説をみると、なるほどと思うことが多かった。


たくさんの例文と、その解説を見ることで、文学の文体の勉強にもなる。


本書では、語り手と作者をわけていない。本を書くのは確かに作者だ。しかし、物語を読者に語るのは固有名詞のついた作者ではなく語り手だ。例えば、夏目漱石という固有名詞のついた作者が、『こころ』という作品を書くわけだけれど、『こころ』という作品を語る語り手は漱石にあらず。「私」と名のる男だ。作者と語り手は違う。それは私小説であっても、小説である以上同じだ。
そこらへんをきっちり区別すると、本書はもっとすっきりしただろう。


名文というのは、語り手の感情が高ぶったとき、あるいは異様に沈静化したときに、自然とでるものなんだと思う。だから、本書で分類され整理されている技巧を一生懸命いっぱい使おうとすると、逆に文が浮き足だって滑稽になる。だから、核になるところにサラッと使う、というのがいいのだろう。本書はその参考になる。


また、純粋に、日本語で利用できる技巧を眺めるだけで十分におもしろい。


本書の「反語表現」という項目で、井伏鱒二の『朽助のいる谷間』という作品の一部が例としてあげられていた。
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 タエトは私の傍に黙って立っていた。若し私が好色家であるならば、彼女のまくれた上着のところに興味を持ったであろうが、私は元来そういうものではなかったので、杏を食べることに熱中している様子を装った。しかし、あらゆる好色家に負けない熱心さでもって、私は彼女に次のように言った。
「君も食べたまえ。よく熟したのがうまいぜ。これは酸っぱそうだが、これはうまいぜ。」
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こういうウェットに富んだ文は、とても素敵だ。


《20080829の記事》