もの食う人びと

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もの食う人びと
辺見 庸 

内容(「BOOK」データベースより)

人は今、何をどう食べているのか、どれほど食えないのか…。飽食の国に苛立ち、異境へと旅立った著者は、噛み、しゃぶる音をたぐり、紛争と飢餓線上の風景に入り込み、ダッカの残飯からチェルノブイリ放射能汚染スープまで、食って、食って、食いまくる。人びととの苛烈な「食」の交わりなしには果たしえなかった、ルポルタージュの豊潤にして劇的な革命。
「食」の黙示録。

感想

○「ものを食う」ということに焦点を当て、世界中の人々の「生」と「情」を描こうとしたエッセイ集。

○「食」というのはなんだろうか?
さまざまな意味があるし、さまざまなニュアンスが投射される。動物的であるのと同時に文化的でもある。
根源的欲望。
生活の土台。
文化そのもの。
文明そのもの。

○食が意識されればされるほど、そこには何らかの感情がわきたつ。
豊かになりきった日本にはないもの情動もある。

そういう異国の人々の喜びと悲哀を切り取る。著者の感性は鋭敏だ。

豊かで何不自由のない国、ニッポン。そこからしか見えない世界もある。逆に、そこからは見えない世界もある。著者は、食べものや食べることに焦点をあて、経済的に貧しい人々、あるいは紛争等で命の危険にさらされている人々によりそおうとした。
バングラディシュ・フィリピン・ベトナム・タイ・ドイツ・ポーランドクロアチアユーゴスラビアオーストリアソマリアエチオピアウガンダ・ロシア・択捉・韓国、著者が訪れたのは多様な国・地域だ。

○その一方、「ムジャキに」紛争を憎み、皮肉り、大国の強圧的な外交をなじるあたり、著者は著者で、日本の価値観に縛られている、とも感じた。

誰か「強いもの」のせいにするのは簡単だ。そして日本にはそこをぐるぐると回り続ける言説が多い。本書もそうだ。

強いもののせいにして、それは真理なのか? そして誰かのせいにするとして、どのような解決策を導き出すのか?
その点、疑問の残った本だった。世の中は単純ではない。複雑な世界を少しでも解きほぐし解決への道筋を探るのは困難である。そのためには知的な根気が必要だ。

本書は日本の左翼的な人びとにしょっちゅう見られるように、そうした知的根気が足りない本ではあった。