臆病者のための裁判入門

臆病者のための裁判入門
橘 玲 2012 文藝春秋

内容、カバー折口より

当時者同士で揉め事の話をつける時代は終わり、誰もが裁判所を利用して民事紛争を解決する「法化社会」が到来した。知人から損害保険の支払いをめぐるトラブルを相談されて、著者は弁護士なしで保険会社を訴えることに…。実体験を元に裁判必勝法を伝授する。

感想

○法律が実際にどのように運用されているかや、紛争解決の内実の一端を知る上で、たいへん勉強になる本だった。
筆者の、当事者としての経験とそれにともなう感情(怒りや飽きれ、現場に対する同情など)はストレートに読み手に響く。
それと同時に本書は、各種関係者の事情や裁判所というシステムにまで目を配った本となっており、一方的な見方に支配されることなくバランスがとれていた。学ぶことの多い本だった。

○保険会社や弁護士、各種類の裁判所といった種々の立場の相手の事情を逐一述べており、本書は大人な態度。文句を言うだけの本と違って、説得力があるし、相手への思いやりもうかがえる。こういうスタンスにふれているとあらためて、人間にまったき善性を要求するのがいかに幼稚で未熟な態度かしみじみと考えさせられる。
そんなことを要求したって相手は変わらないし、問題は解決しないのだ。

○本書の最後では、日本の法曹関係者への感謝が述べられている。印象的だった。
私もこんな風に、社会のために仕事をしている人へ、素直な感謝の気持ちが示せるようでありたい、と思ったのだ。

メモ

○p10 年間、100万件近い民事紛争が起きている。

○p10 少額紛争を中心に、日本の民事訴訟の多くは弁護士などの代理人をたてない、本人訴訟。
その理由の一つに、争っている金額が低すぎて弁護士が相手しないから、ということがある。

○p46 法化社会というのは、社会の様々なトラブルを明示されたルールに則って金銭に置きかえ処理していく社会のこと。

○p50 精神的苦痛に対する損害賠償は原則として認められていない。認められているのは実質的な損害(入院費や休業補償など)

○p114 日本の裁判所は事実や論理を積み重ね判決を出すというよりも、政治家の有罪や行政の無罪といった結論が最初にあり、争点になっていない部分で推測の事実認定を突然するなどして、結論に合わせて都合のいい推定や理屈を当てはめている。

○p152他 かつての日本は、政治家や官僚、暴力団、地域の有力者等がインフォーマルなかたちで紛争を解決してきた。
しかし、現在の日本や欧米ではこのような閉鎖的な共同体内部の調停が機能しなくなってきており、行政や裁判所、警察等の、法によるフォーマルな調停が要請されるようになった。それにともない、紛争を内部で穏便に処理することが難しくなった。

○p164 民事訴訟が増加し、裁判所の負担が重くなっている。しかし単純な裁判所の拡張とその運用は多額の税金がかかる。そのため、少額訴訟制度を整備したり、簡易裁判所を設けたり、業界団体や行政機関が調停や仲介を行う機関をつくることで対処しようとしている。

少額訴訟簡易裁判所は、紛争解決をルーチン化できるものをちゃっちゃっと処理する機関、制度。

○p205 判決に負けても賠償金を払おうとしない被告に対し、強制執行の制度があるが、日本ではこれがほとんど機能していない。財産の名義を変えれば簡単に逃れられる。

○業界団体でつくっている金融ADR(裁判外紛争解決手続)は、けっこう申立人(契約者)の側にたった判断をしている。