日露戦争、資金調達の戦い 高橋是清と欧米バンカーたち

日露戦争、資金調達の戦い 高橋是清と欧米バンカーたち
板谷 敏彦 2012 新潮社

内容、カバー裏より

「金融マーケット」から読みとく、日露戦争もう一つの戦い

「戦費調達」の絶対使命を帯び欧米に向かった高橋是清深井英五。彼らを待ち受けていたのは、金本位制を元に為替レースを安定させ急速に進化した20世紀初頭の国際金融市場であった。未だ二流の日本国債発行を二人はいかに可能にしたのか?当時の証券価格の動きをたどることで外債募集譚を詳細に再現し、全く新たな日露戦争像を示す―金融版「坂の上の雲」。

メモ

日露戦争のあった当時から国際金融市場が発達。

○日本は対露開戦前から資金調達について考慮しており、日本に同情的な国際世論の形成をはかった。

○「高橋是清深井英五の三年間にわたる資金調達の旅は、明治維新を経た日本人が初めて本格的に国際金融市場に足を踏み入れた物語でもある。」p6

○「第五章では、日露戦争の各会戦やイベントを通じてロシアと日本公債の価格がどのように変化していったのか、またそれに伴い、公債発行条件が変化し戦費調達の側面から戦争の趨勢にいかに影響をおよぼしたのかを、終戦まで追いかけてある。」

○「高橋はボーイや下男、特許局における制度設計やペルーでの鉱山開発、日本銀行の工員などさまざまな階層において、実にバラエティーに富んだキャリアを積んできたが、ただ一つ言えるのは、どんな場面でも常に英語力を基点とし、しかも会話を伴う様々な英語に関わっていたことが強みとなっていた」p24

○(1900年時点の実質GDP、ロシアは日本の約3倍。)p30

○非常に厳しいと見込まれる日露戦争の資金調達。高橋は固辞したが、最終的に受け入れた。その際、日本の重鎮たちと抱き合って泣き合った。

○陸戦で勝利したことと、アメリカの2大金融グループの1つが公債のシンジゲートとして参加したことから、日本の公債に対する期待は高まった。日本はそれにともなって以前より好条件で資金調達できるようになった。アメリカの参加は大きな好影響があった。

○厳しい条件をつきつけられた第一回の公債発行の苦い経験から、高橋は誰が国際金融市場での決定権を持っているのか把握。以後はロンドンやアメリカの金融界の人たちと非常に積極的に会い、関係性を深め、度重なる公債発行について好条件を引き出すことに成功している。

○開戦前の年末、日本とロシアの公債の利回りは、日本の方が約1.1%高かった。
    ↓
開戦2ヶ月で2.23%にまで拡大。両国の国力の差、信用の差。
    ↓
アメリカの巨大金融グループの公債募集参加によって再び1%前後まで縮小。
    ↓
ロシアの「血の日曜日事件」で両者の差はなくなる。(戦争の推移より、ロシアの失策が影響。)
    ↓
日本は奉天開戦で勝利するも、ロシアが講和する兆しを見せないため、戦争継続への危惧から利回りの差は日本の方が高くなる。(大きな会戦に勝ったから日本の利回りが下がるというものではない。)
    ↓
日本海海戦で再び両者の差はなくなる。

○日本は日露戦争により莫大な借金を負ったが、第一次世界大戦のおかげで大もうけ。借金を返済することができた。

感想

○カバー裏面に書いてある、まさに「「金融マーケット」から読みとく、日露戦争もう一つの戦い」。
両国の陸海軍による大規模な戦闘に比べ、あまり話題にのぼることのない日露戦争における資金調達の戦い。
日露戦争のもう一つの側面を学ぶことができて勉強になった。

○市場では、公募価格や利率が厳然たる数字として出てくる。市場関係者の戦争に対する期待や思惑が検証・操作可能なかたちで表れるわけで、おもしろいな、と思った。

○本書を読んでいると、大日本帝国の陸海軍はもちろん、資金調達の面でも苦しい状況にあったことがわかる。また、資金調達が成功したからこそ、経済は何とか破綻することなく金本位制を保つことができ、戦争は継続、ひいては戦争に勝利し講和にこぎ着けたことが、本書を読んでいるとひしひしと感じることができた。
ゆえにアメリカが満州の市場開放を強く求めていたことがより肌感覚で理解できたように思う。実際に戦争をして血を流して、朝鮮半島満州からロシア勢力を追い出したのは日本。
けれどもアメリカやイギリスは、自分たちが金を貸したからこそ日本は戦争に勝利できた、という思いがあるわけだ。だからこそ、勝利の分け前(市場開放)を望んだし、その要求がかなわなかったときの落胆というか、失望というか、日本に対する警戒感は相当あったのだろう。

寝ても覚めても弱肉強食の世界。日本は、厳しい洗礼を日露戦争の資金調達で受けた。講和条件の折衝もそう、戦争後の満州のあつかいでもそう。当初、日本はアメリカ資本と協同で南満州鉄道を運営する予定だったという。資金は依然逼迫していたし、アメリカの資金が入ればロシアに対するけん制になるからだという。しかし、賠償金を取れなかったポーツマス条約に対する国民からの批判もあり、日本のみで鉄道を運営する方針に転じた。著者は、もし少しでも南満州鉄道アメリカやイギリスの資金が入っていたら、その後の歴史はまた違うものになったかもしれない、と指摘している。

○影響力のある人に接近することの大切さ。国際世論をコントロールする重要性を感じさせられた。

○本書の主人公といえる高橋是清にしろ深井英五にしろ、国家の命運を背負って、世界の証券関係者たちと堂々とわたりあった。すごい人物だし、すごい時代だったんだなあ、としみじみ思う。国を負ったグローバル人。
本人の器の大きさはもちろん、時代の流れや国の在り方もあって、彼らの壮絶な人生があったのだろう。

参考になった書評

(「『日露戦争 資金調達の闘い』 を読んで」Tsugami Toshiya`s Blog)
http://www.tsugami-workshop.jp/blog/index.php?id=1331482731

「 公債発行で日本を助けた米国の対日観、対日政策は日露戦争以降、次第に変化し (例:黄禍論)、第一次世界大戦後は日本を明確に仮想敵国と位置づけていくこととなる。それは 「地政学」 的な視点から当然と評されるのだろうが、本書のように経済の動きを丹念に追っていくと、その根底には、より可視的で追体験可能な経済利益を巡る衝突やこれに伴う双方エリート間の感情の好悪が伴っていたことが浮かび上がる気がするのである。」