僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?

僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?
木暮 太一 2012 星海社

内容、カバー折口

マルクスと金持ち父さんが教えてくれた“目指すべき働き方”
私は、大学時代に経済学の古典『資本論』と、お金の哲学を扱った世界的ベストセラー『金持ち父さん貧乏父さん』を深く読み込むことで、その後の人生が大きく変わりました。実はこの2冊は全く同じことを言っています。それは、資本主義経済の中で私たち“労働者”が必然的に置かれている状況についてであり、そこから考え始めることで、どういう「働き方」を選択すればラットレースに巻き込まれず、幸せに暮らしていけるかがよくわかるのです。今の働き方に疑問を持っているのであれば、転職や独立、ワークライフバランスを考えても意味はありません。しんどい働き方は、もっと根本的なところから考え、変えていかないといけないのです。

感想

○著者がマルクスを解説するところによると、
商品の値段はまずその商品にかかっている労力が基準になるそうだ。そしてそこから値段は、需給の関係で二次的に上下に振れる、と述べている。
そして本書はこの発想を、商品の値段だけでなく、労働にも当てはめて議論を進めているのだ。

しかし、私はこの議論の出発点である〈ものの値段はそれにかかっている労力が基準であり、二次的に需給が影響する〉という考えは間違っていると思う。確かに筆者のいうような面も多々ある。手間暇のかかったものほどその金額は高い。だが、そうはいっても反例はいくらもあろう。

例えばアイフォン。とくに初期のアイフォンは表面上のスペックでいえば日本のケータイに大きく見劣りするものだった。しかも物理的キーがないわけで、その分製造コストは低い。しかしソフトの優秀さやデザインの美しさ、地道な広告戦略の積み重ねもあって、高い金額で売ることができ、アップル社に多大な利益をもたらした。
あるいは将棋棋士。幼少のころからの多くの時間を将棋の勉強に費やし費やし、そんな人間がごろごろあつまって壮絶な競争を繰り広げて、ごく一部の人間がプロ棋士になれる。いったいどれほどのコストと、そして才能のもとで棋士としてのスキルを身につけプロになったことか。しかしそんなプロ棋士であっても、賞金対局料ランキング20位くらいの賞金額は1000万程度である(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%86%E6%A3%8B%E7%95%8Cより)。もちろん激しい競争に打ち勝ってのことなので、そんな年はそうそう続くものでもあるまい(なお、賞金意外の収入は十分考えられる)。

年間1000万なんて、上場企業の管理職や医者ではサラリーとして安定して目指せる金額である。どう考えても、棋士になるまでの投資時間や才能の希有さにつり合うものではない。筆者の考えはここでも破綻している。
なぜこんなことが起きているのか。そんなの簡単だ。医者やマネージャーが社会から求められているからだ。需要があるからだ。
これはアイフォンも同じである。

そう考えていくと、ものの値段は〈それにかかっている労力が基準であり、二次的に需給が影響する〉というよりも、需要と供給によって決まるという方がずっと広い範囲をカバーし、実態を示しているのではないだろうか。
もちろんそれにかかっている労力、コストも大事だ。ただ、それは「供給」の方にいれて考えることができよう。安いものはそれぶん簡単に大量に供給することもできるわけだから。

とかく、筆者の議論には需要−−社会からの要請−−をもっともっと加味する必要がある。むしろコストではなく需要(と供給)こそを議論の土台にふさわしい。

○著者は労働のもっている−面ーーつらさーーしかみていない。もちろんその−面をしっかり受け止めることは大切だ。見たくないからといって逃げていいものでもない。しかしそうはいっても労働は多くのものを一般人にもたらすのも事実である。労働によってもたらされる社会貢献や他者からの承認によってもたらされる満足感、そして社会の歯車であっても仕事を通して視野を広げることもできる。そういう側面を全く無視しても、さあ、説得力があるだろうか。本書にはそういう幅広い視点が欠けている。

○著者はこの困難な時代にあってどんな働き方をしていくか、という問いに対し次のように述べている。
「賞味期限が長く、身につけるのが大変で、高い使用価値のある知識・経験をコツコツ積み上げる」

おもしろい視点というか、全くその通りだと思った。すぐに陳腐化するスキルを身につけても、あるいは簡単に身につけられるようなスキルだけしか身につけていないようだと、取っ替えのきく安い歯車としてしか遇されないわけだ。
ただ、筆者のいうようなスキルの身につく例としてあげているのが自身が仕事としている出版業only。これじゃ、ちょっとねえ? 他にはどんな業界が該当するんですかね? 本にするならもうちょっと踏みこんで考えてほしいなあ。重要なところなんだからたった一つぽっちの例じゃあまりに物足りないよ。

僕が考えてみるに、一対一で人と向き合わざるを得ない仕事かなあ。保育士とか介護関係とかカウンセラーとか。工業系の研究者もそうかな。ここまでいくとちょっと普通の職とはいえない。なお、先にあげた保育士とか薄給で有名だよなあ。今後の展望は、さてはてどうなんだろう?

メモ

○革命という解決策を提示したカール・マルクスの『資本論』も、投資という解決策を提示したロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』も、その議論の前提部分は同じ。つまり、
「資本主義経済のなかでは労働者は豊かになれない」

○歴史の古い企業の給料水準が高いことがあるのは、いい時代の(贅沢ができた時代の)社会的必要経費がベースになって給料が決まっていたから。

○自分自身に問うべきは、
「資産を作る仕事を、今日はどれだけやったか?」
そうして自分という資産を積み上げていかなければならない。