あんぽん 孫正義伝

あんぽん 孫正義
佐野 眞一 2012 小学館

内容(「BOOK」データベースより)

今から一世紀前。韓国・大邱で食い詰め、命からがら難破船で対馬海峡を渡った一族は、筑豊炭田の“地の底”から始まる日本のエネルギー産業盛衰の激流に呑みこまれ、豚の糞尿と密造酒の臭いが充満する佐賀・鳥栖駅前の朝鮮部落に、一人の異端児を産み落とした。孫家三代海峡物語、ここに完結。

感想

○このノンフィクションの対象である孫正義氏は、日本で最も影響力のある人物の一人だろう。起業家出身の大企業の経営者である。凡人にはどう見てもリスキーに見える経営判断をいくつもものにしていき、自社を大手通信企業にまで育てあげた。以前は私も時々ツイッターで氏の言説を見かけたが、起業家らしい迅速な経営判断と、企業経営を通して日本社会に良い影響を与えようとする志を感じた。私にとって、大変興味のある人物である。

さて本書はそんな孫氏に迫ろうと、両親やその他縁者への取材を重ねたものだ。主な内容は、孫正義氏の幼少の頃の様子や、両親、祖父祖母の経歴や性格をまとめている。

○タイトルは孫正義氏の日本名である「安本」を朝鮮語読みしたもの。

○孫氏の両親、祖父祖母といえばさすがに私人だろうと思う。本書は私人のことをあーだこーだしつこく書き連ねており、倫理的な疑義もあろうが私自身は別な人生を追認識しているようでおもしろかった。
孫氏の祖父祖母らは大日本帝国統治下の朝鮮半島から日本に渡った人々である。移民であるとともに異民でもある韓国系であるがゆえの苦労、逆にそうであるがゆえの向上心・挑戦心がうかがえて興味深かった。

○本書に通底するものとして運命論的なものの見方がある。祖父母や両親のことをしつこく書き連ね、その系譜が希有な起業家孫正義を生んだ、とするような書きぶりが多い。
例えば、「豚の糞尿と密造酒の臭いが充満した佐賀県鳥栖駅前の挑戦部落に生まれ」、
粗暴な父のもとに育ったことと、大企業の経営者たる現在のギャップを暗に過度に示す。また、エネルギーを生むための炭坑崩落事故で亡くなった祖父と、3.11以後自然エネルギー事業に邁進する氏を運命論的に重ねてみせる。

もちろん、朝鮮系であることや両親の生き様が孫正義氏に影響を与えたことは事実だろうが、もう少し冷静な書きぶりが必要ではないだろうか。人間にはいろいろなものが影響を与えているはずで、両親のことや幼少時のエピソード、まして「難破船で命からがら密航してきた孫一族」p229のルーツや崩落事故で若くして亡くなった祖父を現在の孫氏に重ねるのは強引だと思った。
僕はこの点に本書に違和感をもったのである。

○突然著者である佐野の、電子書籍を推進する孫氏に対する批判や情報化社会に対する批判が飛び出す。
それがなんとも時代錯誤だし論理が飛躍しすぎていて僕にはよくわかんなかった。ホントに佐野氏の主張していることが理解できなかったのである。マジで。
例えば、p182。
「誰もが情報の発信者になれるという社会」は、「自分の信ずる世界に向かってひたむきに努力を続ける立派な人間」に「自ずから備わった権威まで奪う」という。理由は述べていない。
しかもなぜかこの社会は、「“知の高等線”を一切なくしたフラットな社会」だと定義している。フラット? えっっっっっ!? 逆に人それぞれのもつ本当の知の差がまざまざと明瞭になる残酷な社会では?
しかもその社会は「退屈で人間の努力や生真面目さを奪う結果になる」という。ここでも理由を述べていない。

ね? 意味わかんないでしょ? 論理通じないでしょ?

ただこういう新技術に対する論理の飛躍した(そもそも論理が存在する?)わけわかめな怯えを読むのも、それはそれで書き手の顔が見えておもしろかった。 

○孫氏は、父が吐血したことから高校生には塾経営を真剣に考えている。中3の頃の担任に詳細なカリキュラムを見せて相談しているのだ。すごい行動力!

TSUTAYA図書館で物議を醸した武雄市長樋渡の意見がしっくりきた。
「孫さんは本当に素晴らしいヒューマニストですが、同時に大変な合理主義者でもある。僕が言うのも何ですが、そういった巨大な矛盾をはらんで存在できているのは、孫さんが天才だからだと思うんです。」p246