イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類

イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類
池田 譲 2011 NHK出版

内容(「BOOK」データベースより)

じっとこちらを見つめるイカつぶらな瞳。鏡に映った自分にそっと触れるイカの長くて細い足。日本の食卓に欠かせないイカだが、その生態や生活史にはまだまだ謎が多い。産卵場所や赤ちゃんの形、寿命から特異に発達した神経系と巨大脳まで、イカのすべてを明らかにする。そのユニークな行動からイカの知性の有無を問い、海の霊長類たるイカから頭足類学を提唱する。若年研究者の大胆な試みの書。

感想

○本書全体を通して、イカは頭が良いという説明が進む。イカ無脊椎動物である。体の大きさに占める脳の割合という点でいえば、無脊椎動物脊椎動物に比べ、脳みそが小さいらしい。しかしながらその無脊椎動物のなかにあってイカは、大変大きな脳みそを保有する動物だという。そのイカの頭の良さ=記憶や学習能力の高さを、自身の行った実験等を紹介しながら、ひたすらに紹介している。

イカは頭がよいということは十分に理解できたが、本書はタイトルである「イカ心」に迫っているとは言い難い。本書に述べられているのはイカが自己認識できるか否かくらいで、そんなことの有無が「心」を明かすことにどうつながっていくのか、いまいち見えてこなかった。
イカには当然、イカ特有の「心」というか、世界認識というか、他者認識、判断の論理があるのだろう。本書で得られた各種データをうまく統合すると、まだまだ「イカの心」に迫れそうだ。しかし、自己認識できるか否かの話をぐるぐるするばかり。著者自身、「心」をなんたるか自分なりに定義して各種データをそこに収斂させようという発想がないようであった。
まずは「心」が何か定義することからはじめれば良かったのに。
そこからこそ、「心」の研究はスタートしよう。

○なお、著者はイカの頭が良い理由の一つに、その社会性をあげている。イカは、その種類にもよるが、社会性が高いらしい。ヤリイカにいたっては、統制のとれた群れ行動を行うという。そのためには、他者とのやりとりが必要なわけで、このことが淘汰圧となり、イカの巨大脳を生み出したのではないか、と指摘する。

 □著者の指摘には三つ述べたいことがある。
まず一つめは、イカの社会性なるものが、ほとんど明らかにされていないこと。群れにおける個体配置の規則性や外敵を発見するための協力、群れ内の序列の存在、個体間のネットワークの存在がうかがえる、とするが、その程度をもって「統制のとれた群れ行動」とまでいえるのだろうか? 
確かに、貝やナマコといった他の軟体動物に比べればそういえるかもしれないが、この種のチープな群れ行動をもって、イカが、種によっては魚類やは虫類を超えるほどの巨大脳をもつゆえんが説明できるとは思えない。
社会性を、脳の大きく発達した理由にあげるならば、まだまだイカの社会性なるものを明らかにしていくべきだ。

 □二つめは、イカの脳の巨大さや能力の高さは、その視覚能力の高さによっているのではないか? ということ。
著者はイカの脳が大きいというが、イカの脳の図を見ると、その多くは視覚処理をする部分になっている。そして脳の構造通りイカは目の性能が大変良いらしいのだ。
つまり、イカの脳が大きいのは、目の性能がいいから。

そして各種実験から、イカの記憶や学習能力の高さが明らかにされているが、それも目の性能によっているのではないだろか?
著者が行う実験は視覚を刺激してイカの能力をみる実験ばかりだ。そりゃ、イカにとっては有利な実験なのだろう。そしてそれは、イカ同様に、視覚から情報を得ることの多い人間が共感しやすい実験でもある。
本当に、イカの記憶や学習能力が他の無脊椎動物、軟体動物に比して高いのか? それは視覚を使って実験をしているからそう見えるだけではないのか? 嗅覚や触覚を刺激する実験であれば、他の無脊椎動物や軟体動物にも記憶や学習能力がみられるのではないか?
つまり、イカが頭がよく見えるのは、人間が共感しやすい視覚情報を使った実験をしたからではないか、という疑問が浮かぶのである。

 □三つ目は、イカ同様に脳が大きく、知能も高いタコの存在である。タコは社会性が低く、単体で生活するのを好むらしい。
このタコの存在は、社会性があるゆえにイカの脳は大きくなった、という著者の主張の見事な反例になってしまっている。
このタコをどう処理するか?

○とまあ、いろいろの述べたが、今後の著者のさらなる活躍に期待したい。

メモ

イカの寿命は約一年。

イカの飼育は大変難しい。ストレスに弱い。デリケート。遊泳する生物。
一方、タコは飼育しやすい。ストレスに強い。海底で生きる生物。

イカはレンズ眼。性能が大変良い。

○ツツイカ、社会性をもつ。
コウイカ、半社会性。
タコ、社会性なし。

○人工海草や岩、仲間もいる刺激の豊かな環境でイカを育成すると、イカの学習と記憶能力はそれに見合うように発達する。
その逆の環境は、能力の発現は遅滞

アオリイカの場合、記憶や学習といった高次脳機能は孵化後二ヶ月のあいだに急速に発達。一方運動機能は、生まれた当初から高次脳機能に比べ充実している。