そして殺人者は野に放たれる

そして殺人者は野に放たれる
日垣 隆 2003 新潮社

内容、(「BOOK」データベースより)

心神喪失」の名の下で、あの殺人者が戻ってくる!「テレビがうるさい」と二世帯五人を惨殺した学生や、お受験苦から我が子三人を絞殺した母親が、罪に問われない異常な日本。“人権”を唱えて精神障害者の犯罪報道をタブー視するメディア、その傍らで放置される障害者、そして、空虚な判例を重ねる司法の思考停止に正面から切り込む渾身のリポート。

感想

殺人や傷害のありさまが凄惨ないし異常であればあるほど、「心神喪失」あるいは「心神耗弱」、「責任能力」がないとされ、不起訴処分になったり減刑されるという不条理な現状を、たくさんの具体例をもとに紹介。覚醒剤やアルコールに勢いを借りて凶悪犯罪を犯した者も、「心神喪失」、「心神耗弱」と診断され刑が減軽されたり、あるいは無罪になる例も多い、という。加害者は、人権擁護の名の下に何の定義も制限も与えられていない「心神喪失」・「心神耗弱」に守られる一方、被害者遺族の心情はだれからも顧みられていない、と述べている。

凄惨で理不尽な犯罪が多く記載され、もちろんほとんどの人はこのような犯罪に巻き込まれることはないのだろうけれど、自分や自分の身の回りの人も確実に凶悪犯罪に巻き込まれる可能性がある、ということを実感した。(もちろん、その反対として自分や身の回りの人が凶悪犯罪を犯してしまう、という現実も内在している)
このような現実があるからといって過剰防衛にはしるのも問題だろうが、やはり本書に載っているような凄惨な事件がある、ということは知るべきだろう。多くの犯罪者が、いい加減で恣意的な精神鑑定で「責任能力」がないとされ、「野に放たれる」。
その理由の一つに、精神障害者に対処、更生、治療する刑事治療処遇施設が存在しないからだ、という指摘には驚いた。即刻、刑事治療処遇施設をつくり問題が解決してから、犯罪者を世間に戻すべきだろう。そうでなければ社会の安全は担保できまい。

異常であればあるほど、あるいは精神がおかしければおかしいほど、あるいは精神がおかしいふりをすればするほど、あるいは覚醒剤やアルコールの勢いを借りれば借りるほど、刑が軽くなるというのは作者も主張するように間違っていると僕は思う。僕は厳罰化に反対であるが、少なくとも、上記のような理由で刑が軽くなるのは認められない。また、精神障害犯罪者にきちんと対処する施設やシステムをつくるべきだ。

本書には判決文や精神鑑定の文章がたくさん引用されているのだが、それにしてもそのどれもが悪文でひどい。一文がやたら長く、一文の中で主語がころころ変わる。同意反復で論理的でない。根拠なく、印象をそのままのっけてる感じ。
いや、これどうにかならないのか? 日本語を扱う者として恥ずかしいよ。裁判員制度で、こういう悪しき慣習が改められるといいんだけれど。

メモ

(精神障害の比率は1%に過ぎないのに、検挙人員に対する精神障害犯罪者の比率は殺人では8.5%、放火では15.7%にも達する。)p53
→高すぎだろう、と思って調べてみたが確かに同じような割合が法務省から発表されていた。
「平成22年における精神障害者等による一般刑法犯の検挙人員を罪名別に見たものである。罪名別の検挙人員は,窃盗が最も多く,精神障害者等の総数2,882人の40.3%を占めている。また,罪名別検挙人員総数中に占める精神障害者等の比率は,放火(15.5%)及び殺人(12.0%)において高かった。」(平成23年犯罪白書http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/58/nfm/mokuji.html)

精神障害者殺人者のうち、およそ85%が不起訴」