読者はどこにいるのか 書物の中の私たち

読者はどこにいるのか 書物の中の私たち
石原 千秋 2009 河出書房新社

内容、カヴァー折口より

私たちは本を読むとき、さまざまなことを期待している。その期待は満たされたり、裏切られたり、覆されたりする。そのとき、私たちはどういう読者なのか、どういう感性を持っているのか、そして、どこにいるのか―近代読者の誕生から百年。作品論・作家論、テクスト論、構造主義ニュー・アカデミズム、カルチュラル・スタディーズ…文学研究と現代思想のトレンドの変遷を跡づけ、「内面の共同体」というオリジナルの視点も導入しながら、読む/書くという営為の奥深き世界へと読者をいざなう。

感想

○作家論から作品論、そしてテクスト論が受容されていった過程を論じる。その後、作者や読者、語り手の位置とそれにまつわる諸問題を解説している。
文学理論、とくにテクスト論について勉強したり、確認するのに読みやすくてよい。

○小説を読むと、読み手は、自分の内面をもとに登場人物たちの内面を想像する(内面を読む)。このことが内面の共同体を形成する、と主張している。
小説を読むということは、内面の共同体を形成することだといっているわけだが、この「内面の共同体」という概念に着目している書評子は多い。しかしぼくにはこれがどれだけ有用な概念なのかよく分からなかった。

○引用が豊富なため、内容全体に信頼感がある。

メモ

「「パラダイム=思考の枠組」と理解していい。それが時代によって変わっていくのがパラダイム・チェンジである。極端な場合には、ある時代に「正しい」とされていたことが、パラダイム・チェンジが起きると、それ以降は「まちがった」ことになってしまうことがある。もっと極端には、ある時代に「論理的」であったことが別の時代には「非論理的」になってしまうことがあるということだ。」p12

「文学部で作家論を行って若い女性の人格を陶冶することは、大学の使命でもあった」p22

「テクスト論の立場に立つ研究者はたとえてみればテストパイロットのようなもので、たとえばそのテクストについては一般の読者が採用しないような枠組みから読んで、テクストの可能性を限界まで引き出すのが仕事」p33