日本語と時間 〈時の文法〉をたどる

日本語と時間 〈時の文法〉をたどる
藤井 貞和 2010 岩波

内容、カヴァー折口より

古代人は過去を表わすのに、「き」「けり」「たり」など六種もの「助動辞」を使い分けた。ひたすら暗記の学校授業を思い出し、文法を毛嫌いするなかれ。それら〈時の助動辞〉は、何と意味・音を互いに関連させながら、一つの世界を作っているのだ。では、なぜ現代は「〜た」一辺倒になってしまったのだろう。哲学・比較言語学など大きな広がりをもつ、刺激的な一冊。

感想

 なぜ現代は、過去を表すのが「た」一辺倒になったのか、という問題に対する答えははっきり提出されていない。とてもおもしろい問題なので残念。本書によると、
〈完了の助動詞の「つ」の連用形「て」+「あり」〉→〈たり〉と変化し、〈たる〉を経て、〈たっ〉→〈た〉になったという。
こういうのを知ると、現代日本語と、古典の日本語がつながっておもしろい。多様な過去表現があったということは、多様な過去の認識があったということだ。それがなぜ、「た」に収斂していっていったのだろうか? 現象としては説明しているが、その背景や理由にはほとんど全く踏み込んでいない。もしかしたら理由など「ない」のだろうか。

 また、物語の基調が明治維新の言語改革を通して変化したという。古代の物語の基調は「き」や「けり」を多用しない非過去だったが、近代以降、「た」過去時制が優勢になったそうだ。翻訳の影響を指摘している。古代物語の基調が非過去であるというのは、例を出して説明していたけれど、統計的なデータが無く、いまいち、正しいのかよく分からない。