毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者

毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者
宮田新平 2007 朝日新聞社

内容、背表紙より

第一次世界大戦下、史上初の毒ガス戦がヨーロッパで繰り広げられていた。ドイツ軍で毒ガス開発の指揮をとったのは、のちにノーベル賞を受賞したユダヤ人科学者フリッツ・ハーバー。友人のアインシュタインからは「君は傑出した科学的才能を大量殺戮のために使っている」と言われていた。自身も科学者であった妻クララは夫の殺人兵器開発に反対し、初めて実戦に使われた1915年に自ら命を絶つ。ドイツの勝利のために狂奔したハーバーだったが、最後には最愛の祖国に裏切られる――。
大戦終結前後、ドイツと日本の科学界のあいだに緊密な協力関係が築かれていった。それは、ハーバーと星製薬設立者・星一の、終生つづいた交流の賜物だった。

感想

 毒ガス開発の指揮を執っていたハーバーの人生について。
ハーバーは毒ガス開発で有名だが、空気中から窒素を取り出す技術を開発した人物でもあるという。これは窒素肥料として、農作物の収量激増につながった。人類の発展にも多大な功績のあった人物である。
 資金的援助をしていた製薬会社経営者、星一の招きに応じ、日本にも訪れている。その際、日本帝国軍に、毒ガス技術を伝えたのではないか、という強い疑念を本書は示唆している。


ヴィルヘルム2世のもとで優秀なユダヤ人が活躍し、ドイツ発展につながったことや、
第一次世界大戦前後のドイツが化学大国だったことや、
第一次世界大戦塹壕戦の様子がしれておもしろかった。


 あとがきに「現在の世界観や人間観から歴史上の人物を裁くことは極力避けた」とあるが、このような姿勢には大変好感をもった。

メモ

(ノーベル賞選考委員会はときおり味なことをやるように思われる。平和賞だけでなく、科学部門の受賞でも、政治的微妙なニュアンスを感じられることがある。第一次世界大戦後ちょっとして、毒ガス開発者として非難されていたハーバーに、ノーベル化学賞が授与された。これは中立国スウェーデンのアカデミーが、「ドイツはもっとも責められるべきであったかもしれない。しかし、ドイツにだけ100パーセント責めを負わせてもよいだろうか。この大戦は巨視的にみれば、当時世界を覆っていた帝国主義ヨーロッパ列強による、領土的、経済的な世界分割競争の帰結」である、と醒めた目で見ていたからではないか。)p151