新郎(太宰治)
新郎
一日一日を、たっぷりと生きて行くより他は無い。
明日のことを思い煩うな。
明日は明日みずから思い煩わん。
きょう一日を、よろこび、努め、人には優しくして暮したい。
青空もこのごろは、ばかに綺麗だ。
舟を浮べたいくらい綺麗だ。
山茶花(さざんか)の花びらは、桜貝。
音たてて散っている。
こんなに見事な花びらだったかと、ことしはじめて驚いている。
何もかも、なつかしいのだ。
短編小説「新郎」の冒頭部
初出:「新潮」 1942(昭和17)年1月号
幸せはどこにでもある。
美しさはどこにでもある。
見えるもの。
人は結局、心にあるものしか見ることができない。
私の心にはどんなものがあるだろうか。
私はどんな世界を見るだろうか?
美しさと醜さ、幸せと不幸が、満ち溢れるこの世界で。