チェルノブイリの森 事故後20年の自然誌

チェルノブイリの森 事故後20年の自然誌
メアリー・マイシオ著 中尾ゆかり訳 原著2005 NHK出版

内容、カヴァー折口より

放射能に汚染されて巨大化したゴキブリやネズミが、荒廃した土地をはいずり回る-それはSFの中だけの話だ。チェルノブイリ原子力発電所事故から20年、人体には危険すぎる周辺地域は、動物が棲息する森に変わっていた。しかしその土地は、いまなお汚染されているのだ。ウクライナアメリカ人ジャーナリストが、汚染におびえつつも立ち入り制限区域に入り取材を重ねた、決死のルポルタージュ

雑感・メモ

「奇妙に思えるが、チョルノブイリは人間の住むどこの町より空気が新鮮だ。車の数はたいてい片手で数えられるし、聞こえてくる音といえばせいぜい鳥のさえずりくらい。これはチェルノブイリ事故の逆説のひとつだが、強制避難が行われて、産業化、森林破壊、農耕、人口流入に終止符が打たれ、ゾーンは環境としてはウクライナでも指折りの清潔な地域になったのだーー放射能を除けば。」p70


○ この本では、ウクライナ系のジャーナリストによって、現在のチェルノブイリの様子が描かれる。人類初の、大規模な原子力発電所事故と、それに伴う激しい放射能汚染。町は放射能に包まれた。今でも、高い放射線が検出されるという。人々もその危険性から、住んではいけないことになっている。
 しかし、著者が見たのは、自然豊かなチェルノブイリだった。自然を破壊していた人間は去った。人間が姿を消していた中、大型ほ乳類が戻り、また数が増えた。希少動物の数も回復した。植物は繁茂し、森の生態系は以前よりも遥かに豊かになっていた。チェルノブイリ生物多様性を奪っていたのは他ならない人間だったのだ。チェルノブイリ生物多様性にとっては、放射線より人間のほうが、ずっとずっと害なのである。


○ チェルノブイリの動植物からは、まだまだ高濃度の放射線が検出される。しかしそれでも、人間がいないことにより、生物多様性は豊かになっている。期間が短すぎて断定は出来ないかも知れないが、放射能チェルノブイリの生物たちはある程度、順応したということなのだろう。変異体もほとんど確認されていないという。まあ、マイナス方向への重大な変異体は生き残れないだろうからね。
 放射能に対応し、いやむしろ人間がいないことによって遙かに自然豊かになったチェルノブイリの様子は、「自然」とは何か、考える上で、一つの材料となると思う。