ある子殺しの女の記録(18世紀ドイツの裁判記録から)

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ある子殺しの女の記録(18世紀ドイツの裁判記録から)
S・ビルクナー編著 佐藤正樹訳 1990 人文書院


本書の内容は18世紀ドイツの裁判記録であるが、その詳細及び歴史的意義については訳者がうまくまとめてくれている。まずはそこを引用したい。


【「訳者によるまえがき」より】
(題となっている事件について)
この本は、一七七一年にドイツの都市フランクフルト・アム・マインで実際にあった嬰児殺し事件の裁判記録
犯人は市内の旅館「アインホルン荘」に奉公する二十四歳の女中
旅館に投宿した若いオランダ人の客室にベッドを整えに行ったとき、ズザンナは睡眠薬がはいっていたと推定される葡萄酒を飲まされ、体の自由がきかなくなったところを強姦されて、望まれない子を身ごもった
旅館の洗濯場でただ一人、突然襲ってきた陣痛になすすべを知らず、両足を伝って流れ落ちる血に動転し、激痛に絶えながら立ったまま男の子を出産した
出産のあと真っ先に思いついたのは、私生児を産んだ以上、世間からいろいろな形で辱めを受けるに違いない、だからこの子を始末しなければならないということだった


(本書の意義などについて)
逮捕状の作成とその公示から、被疑者の逮捕、拘禁、起訴、被告人はじめ関係者たちに対する事情徴収と尋問、遺体の検死解剖、量刑に関する検討、判決文の作成と刑の申し渡し、恩赦の請願とその却下、刑の執行をへて、死刑囚の埋葬にいたるまで、今日のわれわれの目から見ると理不尽とも思える真理の過程が、こともなげに淡々と、微に入り細を穿つように記録されている
この裁判は、一五世紀、一六世紀以来の伝統的な裁判形式にほぼ忠実に従いつつ行われており、その意味でこれは典型的な裁判記録 一つの時代の雄弁な証言
この生々しい証言は、「嬰児殺し」というものに対する当時の人びとの考え方、いや、むしろ幾世紀にもわたって保存されてきたヨーロッパ人の犯罪観念を見事に写し出している
ズザンナは極刑をもって裁かれた。それをわれわれは理不尽とも残酷とも感じる。しかしこの裁判には紛れもなく新しい時代の精神が、ただし今日のわれわれの目から見るとまことに控えめな、しかし当時の、少なくともドイツとしては精一杯の寛大な精神が、裁判の過程とその記録の随所に現れているのである。要するにこの裁判は、古い制度と精神が、新しい精神と不思議なかたちで混じりあい、拮抗しあっていた時代のいきいきとした証言としても貴重である


【雑感】
 18世紀ドイツ。訳者の指摘するとおり、フランスで民主主義が芽生えていた時代だ。弱くともその風は神聖ローマ帝国・フランクフルトにも少しづつ吹き始めていたと訳者は指摘する。ズザンナは伝統的裁判によって極刑に処せられたが、それでもそこにはこれまでにはなかったような配慮が見られるという。例えば、ズザンナに科せられた処罰は、この種の犯罪に対する死刑のうちでは最も軽いものであると同時に、身内の名誉が守られる方式であったそうだ。また、検討はされたものの結局拷問も行われなかった。


 ズザンナの事件は、古い精神と来るべき新しい精神の混じりあった時代におこったのである。


 本書は、取り調べの記録でもあるわけだが、極めて丁寧に犯行の詳細を明らかにしようとしていて、そこが印象的だった。


 嬰児殺しは現代にも生き続けている問題である。ズザンナは世間体を気にし、私生児を殺害してしまった。この種の事件は今なおある。嬰児殺しをしたほとんどの女性がいわゆる世間体を気にし、我が子の殺害に及んだのは間違いあるまい。仕方のないことだけれども、そういう意味では200年前も今も一緒だ。


 ズザンナは自分が私生児を殺してしまったことについて何度も「サタンが自分の頭に吹き込んでやった」と主張する。ろくな教育を受けられなかった貧しい女中がこんなことで嘘を言うわけがあるまい。ズザンナにとってはまさしくそれが真だったのだ。ズザンナの無意識がサタンとしてズザンナに語りかけたということなのだろう。


 本書はいろいろ考えさせられるよい記録だが、一番感じたのが、「自分の頭で考えたくないときは法と慣習を使えばいい」ということだった。そうすれば、多くの人が納得してくれるし、なにより自分の心が安らかなままですむ。
 でもそれでいいのか?それですまされるのか?
 この世には多くの矛盾や問題、飢餓、貧困、戦争、紛争、虐待、環境破壊、差別、格差があって、そのほとんど全部があちらが立てればこちらが立たず。ええい、めんどくさい! 今ある法によって決めちゃえ! とか 今までの例で一元的に対処しちゃえ! とかすぐなるけど、それですまされないこともたくさんあるのではないか。
 少なくともズザンナの裁判記録は、私たちに「もう少し自分の頭で考えてみようよ」と訴えてくるものがある。そういう意味で本書は、単に当時の様子を伝えてくれる歴史資料にとどまらず、現代にも生きるさまざまな示唆を与うる好著だった。


 なお、本事件はゲーテが「ファウスト」のモチーフとしたことでも有名とのこと。


《20080105の記事》