ダイヤモンド・エイジ

ダイヤモンド・エイジ
ニール・スティーヴンスン 日暮雅通 訳 2001 12 31 早川書房


『あらすじ』
 以下、訳者の後書きより引用


【 舞台は二十一世紀なかばの上海周辺。上海とその隣の浦東(現在の「浦東新区」)、その北に作られた人工島「新舟山・ニューチョウシャン」が、主なエリアだ。世界が国家単位に分かれていた時代は終わり、人種や思想、宗教、趣味、技術などを共有する者たちの集まりが〈種族・ファイリー〉や〈部族・トライブ〉という単位で組織をつくっている。上海や浦東は、かつて中国から(ナノテク兵器を使用した内戦後)分裂した《沿岸チャイナ共和国》の一部。その元の中国である《漢》と、《ニッポン》、そして新舟山に国家都市(クレイブ)をもつネオ・ヴィクトリア人の《新アトランティス》が、三大種族だ。新アトランティスは、十九世紀のヴィクトリア朝思想を復活させ、女王をいただく一方、企業株主による擬似貴族制度をしいている。お膝元のロンドンだけでなく、上海やシアトルやヴァンクーヴァーなど、各地に国家都市をもつのだ。新舟山は、北側九〇パーセントの土地が彼らの上海クレイブで、そことナノテク防衛網を隔てた南の一〇パーセントには、さまざまな部族のほか、部族に属さなくて貧しい《シート》も住んでいる。


 現在のネオ・ヴィクトリア的教育に疑問を抱いた株主貴族の公爵が、自分の孫娘の教育用に作らせたブック型インタラクティブ・デヴァイス、〈若き淑女のための絵入り初等読本(プライマー)〉。その開発を依頼された技術者ハックワークは、自分の娘のための違法コピーを作ろうとするが、《シート》の若者ハーヴに強奪されてしまう。ハーヴからそのプライマーを与えられた妹ネルは、母親の虐待から逃れて家を出たあとも、プライマー中の“プリンセス・ネル”の冒険物語でさまざまなことをインタラクティヴに学び、成長していく。一方ハックワークも、違法コピーの一件がばれ、新アトランティスと《天朝》(漢)、つまりナノテクをめぐって対立する二つの種族の、二重スパイという立場になって、「錬金術師」探しという不思議な任務につく。そして、双方の種族の計略に巻き込まれつつ、最後は自分の行くべき道を見つけることになる。ネルもまた、同じプライマーで育った二人の友人と別れ、“蛮族”である多種族を排除する義和拳団の暴動に巻き込まれながら、自分の存在を、真の母親を、行くべき道を、見極めることになる・・・・・・。】


 どんな世界なのかもっとわかりやすく記すと、国家が崩壊し、各個人で自ずからの所属する団体を決めなければならない時代。そしてナノテクノロジーの発達した時代。各家庭には、原子を送るフィードにつながれた物質組成機なるものがあり、簡単にダイヤモンドでも何でも手に入る。


 場所として設定されている上海は、巨大な国家都市がそれぞれ進出している文化の坩堝であり、非常に混沌・雑然としている所。論語の教えを純粋に消化しようとしている連中、《天朝》がその復権と支配を目論む。


 結局、ネルはプライマーの中でネルに朗読してくれていた女性を助け出し、プライマーに育てられた少女たちを従え、・・・・・・続く。ハックワークはドクターXに対しシード{ナノテクの粋。ソース(物質源)→フィード(分子ベルトコンベア)→マターコンパイラー(物質組成機)と結ばれる高度なナノテクノロジー、ナノテクインフラを備えるニッポンや新アトランティスに対抗するため、天朝が開発を進める。種のように蒔けばそれから、ハンバーガーが出来たり、本が出来たり、宇宙船が出来たりする新時代のナノテク}の開発を拒否するが、なんだかんだいって自分で作っている模様。そして・・・・・・続く。


『これ独自のアイデアであろうプライマーについて』
 まあ、ちょこちょことうさんくさい用語やれ概念やれ何やれが出てくるが(例えば、最後の方で明らかになる、シードの開発風景。人間の中にナノテク機械を流入させているのだ。個々人の記憶やセンスを機械が読み取り、それをセックスなどで相互に交換し、また個々人に還元することによってシードを開発しようとしていた。これを著者は、光ファイバーなどのドライネットに比してウェットネットと名付ける)、なにより本書で取り上げるべきは「若き淑女のための絵入り初等読本(プライマー)」についてだろう。


 株主貴族マグロウ卿が発案し、ナノテクノロジストのハックワークが開発したプライマーというのは、若き淑女のための超高性能インタラクティヴ教育用メディア。外見は絵本のようながら、中身はとんでもないテクノロジーの集合体。


 随時、読み手の環境、境遇を取り込んでプライマーの中の物語に反映していく驚異のインタラクティブ・ソフト。あなたの知りたいこと、知るべきことを教え、なにより、あなたの人生の師となってくれる夢のような本。


 キーワードは“反骨精神”。マグロウ卿は、立派な貴族になるには反骨精神が必要と考え、それのエッセンスをプライマーによって自分の娘(エリザベス)に教えさせようとする。


 このプライマーと、ネルに心を砕いたプライマーの読み手によって成長したネルは、果敢に困難な境遇に挑戦していく。


 ちなみにプライマーには同一の読み手(ラクター)の必要性が指摘されている。同一のラクターが聞き手に対し心を砕き、母親役になることでバランスが保たれるのだ。同一のかつ女性のラクターがつかなかった他の少女たちは皆、マグロウ卿の望んだように成長しなかった。


 プライマーの中の物語もなかなかおもしろい。特に「きょうりゅうの王様をきめるおはなし」等。いわば、物語の中の物語。プライマーの中のプリンセス・ネルと現実のネルが交錯しかかっていてこの本の独自性が出ていた。


『本書の改善すべき点について』
説明不足の単語が多すぎる。訳の分からん単語が並んでいるとイライラしてくる。SFチックな単語を並べればなんかいい雰囲気が出るだろうというのはとんでもなく稚拙な技巧。


世界観の確立が中途半端。孔子の夢見た儒教社会を目指す、天朝の世界も突き詰めてられていないし、ヴィクトリア時代を懐かしむ新アトランティスもその記述は曖昧。


雑多で、すっきりしていない。読みにくい。とにかく世界観がつかめない。何においても説明不足。SFらしくない。悪い意味で幻想小説っぽい。


プライマーの魅力をもっと引き出すべき。プライマーと現実(物語)の関わりが中途半端。もっとプライマーによるネルの成長を強調して描いた方がいい。


終わりが、、、あまりにも、、、?。で終わってしまう。結局、天朝に侵攻された上海がどうなったのかも分かんないし。まあ、ネル率いる軍団が浦東の難民を取り込んで、新しいトライブを作るといったところか。


《20060606の記事》