渋谷ではたらく社長の告白

渋谷ではたらく社長の告白
藤田晋 2005 6 29 幻冬舎


 サイバーエージェント社 社長 藤田晋。執筆時、齢、弱冠31歳。その藤田晋の、会社を興すまでの波乱の人生を描くノンフィクションドキュメンタリー。


 サイバーエージェントいえば、アメーバブログの運営会社としてもっとも有名だろう。実際はもっといろいろな事業を展開しているようだが、ウェブサイトを見てもどんなサービスを展開しているのかは具体的によく分からない。そのサイバーエージェント社も最初はクリック報酬型広告を手がけることによって事業を展開したようだ。


 そのサイバーエージェント社が起業され、幾多の苦難の末、大きく成長していった様子を当の本人、藤田晋氏が告白する。その藤田晋氏の生き様からは、起業する上で不可欠であろう圧倒的なエネルギーを感じる。きっと熱い人なのだろう。そして非常な働き者であった。


 どうして本書を読もうと思ったのかというと、これによって他人の珍しき人生を追体験することが出来ると考えたからだ。本の意義、有用性というのはいろいろあろう。中でも、他人の人生を知ることが出来るという点は見逃せない。他人の人生をほんの少しでも知ることによって、いくつもの生をちょっとずつ体験できる。


 政治家、冒険家、傭兵、海洋学者、生物学者などの人生経験なんてのはいかにも面白そうだ。そしてそしてこの本書の著者、若き成功した起業家、藤田晋氏もである。


 若かりし時の(今でも十分に若いが)藤田晋氏は会社を興し、「21世紀を代表する会社をつくる」ことに我が道を見いだす。なんとも面白いのは、起業した時点では明確な事業がきちんと構築されていなかったこと。とかく彼らは何でも手探りだった。しかもそれで何とかなった。まず、藤田氏にとっては会社を興すことが先で何をそこでするかは二の次だったのだ。


 そして人のつながり。藤田晋氏はネットバブルの時にサイバーエージェントを上場させ、大金を得、それを元手に事業を拡大する。いろいろと時の縁がついていたとはいえる。しかし、何より大事なのは人のつながり、縁であった。


 彼は起業前に勤めていた会社インテリジェンスの社長、宇野康秀氏に大いに目をかけてもらう。それも藤田氏が最も優秀な営業マンであって宇野氏がその将来性を見いだしたからだ。後、藤田氏は会社の存亡の危機に宇野社長率いるUSENにサイバーエージェントを買収してもらおうと考えた。悩みに悩んだ末の苦悩の決断というか判断だった。そんな藤田氏を宇野氏は一括する。
「おまえの会社なんていらねぇよ」「そんな気持ちでやっていたのか。よく考えろ」


 宇野氏の厳しい言葉こそ独立系としてのサイバーエージェントを守ったのだ。藤田氏は、当時サイバーエージェントは多額の現金を保有しており、USENが買収するに十分、魅力的だったと指摘している。後輩に対しさりげなく努力と奮起を促す。宇野康秀社長の優しくかっこいい姿だ。


 もっとも、宇野氏がどう考えていたのかわからない。


 他にも多数のネット系ベンチャー企業の社長をはじめ、後に日本中を騒がした元ライブドア社長堀江貴文氏、通称村上ファウンド元代表村上世彰氏、楽天社長三木谷浩史氏などが名を連ねる。いずれも多少とも藤田氏を支えた人物たちだ。彼らの協力あってこそサイバーエージェントは成功し、ここまで大きくなったのだ。


 さて、そろそろ本書の批判的感想を。


 本書は誰に対し書かれているのか考えさせる本だった。僕の見たところ、投資家に対して書かれているようにしか見えない。自己陶酔的で自分も会社もほめほめ。そりゃそうだろう、彼らは投資家の目という圧倒的な力の前でこそ存在しているのだ。会社もその代表である自分も褒め、体のいいように書かざるを得ない。


 しかし、微妙な裏話と自己陶酔に満ちた自伝は概して厚みがない。その苦労話にしても全然中身がない、伝わらない。面白くない。


 さらには、つたない文章。中学生の作文を読んでいるような気分になった。いかに、普段目にする文章が才能あるものたちによって書かれているのかはっきりと感じた瞬間だった。いや、お恥ずかしい。


 彼はサイバーエージェントを離れて、そして良く文章を書く訓練をしてから、本書を著すべきだったのかもしれない。少なくとも本を芸術的嗜好品と見る観点からはそういえるだろう。


《20060810の記事》