陰翳礼賛

陰翳礼賛
谷崎潤一郎 1975 10 10 中央公論社


 日本の伝統文化のあらゆるものに陰翳(暗闇)の美をみる。


 今まで特に意識することがなかったが、部屋の真ん中にロウソクを立てた時、その隅に広がる闇に象徴されるような「陰翳の美」は確かに存在する。著者はその陰翳の美が日本の伝統文化のあらゆるところに根付いていると言う。そして、そのような美が西洋化に伴う強力な光源の出現によってなくなっていっていると嘆く。


 私たちは陰翳の美をなくしつつある。それは不可逆的にみえるかもしれない。けれども、「陰翳の美」を意識することで、またそれを生活に少しずつ取り入れていくことも可能だろう。


 なぜなら、私たちは陰(闇)に対し、時に甘美の念を思い抱くものだから。あなたは感じたことがありませんか?深夜徘徊した時、街灯のない暗がりの中、えも言われぬ緊張とその快感を。


 押し殺す息、わけもない忍び歩き、少しでも明かりをと目をぐっと開く、空気のなかを分け入る感触をほほが感じる、手に不自然な力が入る、耳と鼻が異常に冴える。漆黒のにおいと危険を伝えるかもしれない微かなざわめきが私を支配する。その感覚にしたがって緊張の一歩を踏み出す。


 ゆめゆめ忘れることなかれ。人は生命のくびきから自らを解くに至っていないという事を。


《20060221の記事》