武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新

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武士の家計簿(「加賀藩御算用者」の幕末維新)
磯田道史 2003 4 10 新潮社

「内容」

 猪山家の残した武士の家計簿を読み解いたもの。
 

 猪山家は加賀藩に御算用者としてつかえた家だった。つまり、彼らは会計のプロであり、そのため明治維新を挟んだ三十六年にも及ぶ詳細な家計簿が残されていたようだ。


 そこからは借金返済に苦労する猪山家の姿が見え、武士の生活ぶりが手に取るように分かる。実際、武士は支配者だったはずだ。確かに武士は百姓や商人たちから相当の利益を取り上げ、身分的優位にいた。ところが、武士には莫大な「武士身分として格式を保つために支出を強いられる費用(身分費用)」がかかっていたという。そのため金銭的に苦しい生活を強いられていたようだ。猪山家の家計簿からは親戚との交際費に莫大な費用を払っている姿が如実に浮き彫りにされる。


 これは、江戸時代が地位非一貫性の社会であったという指摘に結びつく。つまり、武士だけに権力、威信、経済力が集中していたわけではなく、それらが分散していたというのだ。この家計簿を見れば少なくとも、普通の武士が経済力を持っていたとはとてもいえない。


 猪山家は維新後、海軍省につかえ、他の武士に比して圧倒的に豊かな生活を手に入れることに成功した。それというのも「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力をもっている」からだと著者は結んでいる。

私見

 実際の人々の生活が書き残されることはそう多くないだろう。なぜなら、それらは人々にとって当たり前で、意識されにくいからだ。例えば、朝歯磨きすることはいちいち日記に書かないだろう。けれども、朝歯を磨かない人間が、友人が歯を磨いているのを見たら、驚きをもって日記に書くに違いない。このように当たり前となっていることはなかなか、意識されて記述されにくいものだ。


 家計簿は意識の有無に関わらず、人々の生活を如実に、そこに示しやすい。そして、そこから抽出された生活は、現実の金と結びつくことよって極めて私たちの共感を呼びやすく面白い。


 他の家計簿なども発見され、地域性も検討されたらもっと面白いと思う。


 江戸時代が地位非一貫性の社会であったという指摘は、江戸時代が三百年ほどにわたる長期政権をなした一つの原因になるだろう。確かに支配者たる武士が金に困ってる姿を見れば、農民や商人の不満もそうたまらないかもしれない。明治維新という革命も武士の起こしたものだった。ただ、江戸時代が本当に地位非一貫性の社会であったか?となると、僕はこの本しか読んでいないわけで、判断を保留したい。


《20060217の記事》