K先輩とエロマンガ

今日のバイトは外回りだったんだ。
けっしてさぼってるわけではないんだけれども、僕のバイトは移動時間が長い。
一緒にまわったのは、そうだな、仮にK先輩としよう。
一緒にまわったのは、K先輩だった。


K先輩は、いわゆるリア充と呼べるような人で、ライトオタクな僕とはキャラクターを異にしている。
積極的であり、活動的。
飲みの席で、バイト先の職員に対し、僕でも言おうか言わないか少し悩むような危険なネタを、平然とぶち込むおもしろい人だ。
K先輩と一緒にいたプライベートな時間に、酔っぱらいに絡まれたことがある。
僕たち二人よりもずっと小さくて、まあまあ痩せた、もう、おじいちゃんって呼んでいいくらいの年齢の人だった。
K先輩は、僕が何か言うともめるからと、目で合図して僕を黙らせた。
へえ、ペコペコモードでこの場を終わらせるのかなって、ニコニコしてたら、確かにそういうスタンスで、先輩はペコペコしながらごまかしはじめた。
やっぱりペコペコモードか、って判断して、そろそろペコペコモード同調しようかなって思ったやさき、急にその先輩は切れはじめた。
「このまま話してても埒があきませんよねえ?これ以上いちゃもんつけるなら、私たちにも考えがありますから。いいですか?もう私たち、用がないので行きますよ?」
その時のショックを僕は忘れない。
なんじゃらほい!
僕が何か言うともめるからって、俺に任せろって感じで、かっこよく僕を制しておいてそれかい!
K先輩はまあ、こんな人なのだ。


バイトの移動中、一緒にまわっていたK先輩とエロマンガの話で盛り上がった。
リア充の先輩が、相当なエロマンガ好きだというから、僕は驚いた。
意外だったからだ。
エロマンガの話をしていて、お互い、知らないことを知ることができた。
商業誌に同人誌。
エロマンガの世界は奥が深い。
越えられない壁が見えてすらいない二人にとって、得るものの多い会話だった。
エロマンガの話が煮詰まってきたところ、突然、K先輩はこう吼えた。


エロマンガでできた世界に行きてー」


その瞬間、僕はエロマンガでできた世界にいた。
そこはほのぐら暗く、そして四方をエロマンガがうずたかく取り囲んでいる。
何も聞こえない。
あるのはエロマンガに囲まれた空間の中で感じる、奇妙な浮遊感だけだ。
カラフルな表紙が、不統一に乱立し、僕の目の前に迫ってくる。
そのアンバランスな色の配置に、僕は眩暈を覚え、吐き気をもよおした。
何より、僕は一人だった。たった独りっきりだった。


鼻に冷たい感触があって僕は、ハッと我にかえった。
雨だ。
僕は生きてる。そして隣には、僕を認めてくれる先輩がいる。


こうして、「エロマンガでできた世界に行きてー」と吼えた先輩に対し、僕は沈黙をもって応えるほかなかったのだ。


《2008/12/15》の記事の転載