ジブリの教科書 (1)風の谷のナウシカ

ジブリの教科書 (1)風の谷のナウシカ
スタジオジブリ、 文春文庫 編 2013 文藝春秋

内容、背表紙より

凶暴な美しさを秘め、友愛を体現する唯一無二のヒロイン像と圧倒的なSF世界―1984年公開の映画『風の谷のナウシカ』は戦後のカルチャー史の中でも異彩を放つ作品だ。当時の制作現場の様子を伝える貴重なインタビューに加え、映画の魅力を立花隆内田樹満島ひかりら豪華執筆陣が読み解くジブリの教科書シリーズ第1弾。

感想

・約7割は作品のできる過程や、当時の関係者へのインタビューによる作品それ自体とは直接関係ない周辺情報など。作品そのものに迫っていく部分は本書全体の3割ほどしかない。

・また、その作品に迫っていくはずの部分も内容が薄い。作品を深くえぐり、別な一面・見方をあらわにするなど、作品そのものの本質を追究しているものはほとんど無い。
そもそも、監督である宮崎がこう言っていたとか、当時の社会情勢がどうのこうのと書いているものばかりで、作品そのもの、テクストそのものに基づいて論究している部分がきわめて少ないのだ。あまりにテクスト論的アプローチを軽視している。

・著名な日本近代文学であれば、各作品ごと論文集が編まれ、優れた論文を簡易に読むことができる。本書にもそれを期待していたのだが、圧倒的に期待はずれだった。ナウシカほど有名で、また豊かな内容をもつ作品であれば、鋭い論考をいくらも集められたのではないか。
しかし本書の内容は薄い。「風の谷のナウシカ」の読みを深め、新たな一面をえぐり、その本質にぐいぐいと迫る評論とか論文のレベルではなくて、そもそも「かんそうぶん」、あるいは「あらすじのかいせつ」といった水準。



僕が期待していたのはこんな文章である。

「最後の最後まで斜に構えた皮肉っぽい見方を提示することが出来、しかもそれがごく自然であり、全く展開を崩さないというのが、クロトワさんのポジショニングの凄いところであり、彼を描き切った風の谷のナウシカという漫画の凄いところであると私は思うのです。


正直なところ、「風の谷のナウシカ」という作品において、特に5巻以降は、「人間味のあるキャラクター」というのが徐々に減っていきます。まあ状況が状況なので仕方ないといえば仕方ないですが、ナウシカは虚無と戦いながらもそのカリスマ性を最後まで遺憾なく発揮する浮世離れしたキャラクターであり続けますし、セルムもご存知の通りのキャラクターだし、ユパ様にせよチャルカにせよ墓所の主にせよ、それぞれ「超シリアス」なキャラクター揃いです(勿論これは、決してそれぞれのキャラクターに魅力がないという意味ではありません)
5巻以降のメインキャラで、多少なりと俗人っぽい部分を露出させたのって、多分皇兄ナムリスくらいじゃないでしょうか。


しかし、そんな中、クロトワさんは、クロトワさんだけは最後の最後まで「皮肉っぽいが野心あふれる切れ者」であり続けます。「世俗の人間」であり続けます。登場の当初から、ずっとそのポジションを変えないのです。

たとえば、ボロボロになりながら療養中「風呂に入りてえ…」とボヤいたり。ナウシカについていこうと結束する一団を見て「姫様姫様みんな姫様」と皮肉を発したり。クシャナにマスク越しに水を飲ませてもらいながら「このマスクを作ったヤツは自分で試してみたんですかね」と不平を漏らしたり。クシャナを救出しつつ「次は鎧無しで抱きたいねえ」と女好きなところを見せたり。


言ってみれば、「どんどん人間味をなくし、シリアス分を増していった物語の中で、最後まで「普通の人間」としての孤塁を守った」キャラクターだと思うんですよね。


この漫画、ナウシカの人的影響力が凄過ぎて、出てくるキャラクター出てくるキャラクター皆ナウシカのシンパになってしまうんですが。
そんな中でもクロトワさんは、たとえば3巻、ナウシカが船からメーヴェで脱出して、思わず助けに駆け出しつつも「俺はクシャナのところにいかにゃあ」と思い直したり、カイを失ったナウシカが泣き崩れているところに「まただよ馬一匹死んだだけであの有様だ」とつぶやいたり、最後まで「ナウシカに取り込まれない」んです。


この首尾一貫した「俗人っぷり」こそが、クロトワさんの凄さであり、クロトワさんのかっこよさの源泉だと私は思うわけなんです。」
「俺たちは原作版ナウシカにおけるクロトワさんのかっこよさをもっと痛感するべきだと思います」

(不倒城 レトロゲームと、その他色々。)、(http://mubou.seesaa.net/article/390312357.html)

ブログの文章なので、たいぶくだけた印象は受ける文章うける。しかし、テキストそれ自体に基づいてある登場人物の特徴(他登場人物との差違)を分析しており、もうちょい書き足せば、その登場人物の、物語における役割にまで言及できる記事だ。

ここまでいけば、(本来は先行研究に言及する必要があるけれど)テキストの読みを深める立派な論文である。僕はこう言うのが読みたいのだ。

・だいたいが、書き手をみてみると有名な人ばかり。論考のできそれ自体ではなく、書き手が名が知られた人なのか否か、というマーケティング的な意図で選んだとしか思えなかった。

・本書を主導したのがジブリなのか文藝春秋なのかわからないが、こういう読者をなめた、低くみた仕事を続けていると、ジブリ作品の未来は暗いな、と考えてしまう。

芸術作品の豊かさは芸術作品それ自体だけでなく、その周辺で喧々諤々する言説の量と質によっても左右されるのだから。

・「『ナウシカ』誕生までの試行錯誤」という章はおもしろかった。宮崎駿が1996年に発表した文である。章題のとおり、ナウシカという作品の原案が生まれるまでの思考過程が記されている。既存の作品に影響を受けながら新しい物語に向けて試行錯誤を重ねており、生みの喜びが伝わってきた。

・あるブログで指摘されていて、確かにそうだなと思ったことがある。本書は採録の記事が多く、関連する文章を集めた史料的側面も強い。

メモ

○主人公、ナウシカの最大の特徴は責任を背負っていること。部族全体の利害や運命を念頭において行動しなければならない。これがナウシカの出発点p91