エースの系譜

エースの系譜
岩崎 夏海 2011 講談社

内容(「BOOK」データベースより)

その高校には、野球部が存在しなかった―。あるのは、荒れ果てたグラウンドと、まともに練習も行わない野球同好会のみ。その監督を成り行きで任されることになった新任教師は、人知れずある決意を胸に秘めていた「このチームを甲子園に連れて行く。たとえ何年かかってでも」世代を越え、引き継がれる意志を描く、真の処女作にして「もしドラ」の原点的物語。敗北と再生の青春野球小説。

感想

○タイトル通り「エースの系譜」そのもの。
 私立高校迷径学園の野球部は、続蓮之介監督の指導の下、県下の強豪となっていく。もっとも、監督や部員の葛藤と悪戦苦闘の物語でもないし、充実していく集団としての野球部の物語でもない。淡々と歴代エースの活躍が語られていく。小説というより、系譜に近い。

 そう、これは神話なのだ。著者も強くそれを意識しているのだろう。
 テンポよく時代が進み、あっさりとした描写でエースが活躍し、そして舞台から去り交代していく。葛藤はほとんど語られなし、そもそも意識されない。また、やたらに兄弟が多く、みんな都合よく野球部に入っていく。読み手は、「血すじ」を意識しながら、彼らの活躍や特徴を読んでいく。これも神話的だ。さらに、三人称の語り手はときどき、将来を見通し、歴史としての---神話としての---エースの系譜を俯瞰してみせる。

 私たちは小説なるものだけでなく、神話なるものも愛好するが、神話には「文化的固有性が表出している」、「文化的に現代に続いている」、「昔の人の認識が表れている」といった価値以外に、神話の語りの形式そのものに、おもしろさがあるのだ。そんなことを思い起こさせられた。

 この本から何かを学んだり、刺激を受けたり、考えさせられたりすることはないかもしれない。読後に、腕を組み、空を仰ぎながら思わず唸ってしまうことはないかもしれない。
 でも本書には神話的なすかっとしたおもしろさ、気持ちよさがある。僕はそれを新しい視点として評価する。

○「さよなら絶望先生」で有名な久米田康治の表紙絵がかわいい。