列島創世記

列島創世記
松本武彦 2007 小学館

内容紹介、アマゾンより

この本が対象とするのは、日本列島にヒトが初めて登場した旧石器時代から、人びとが定住を始めて多彩な土器や土偶が登場する縄文時代、稲作が盛んになって列島各地にさまざまな文化が花開く弥生時代を経て、世界的にも類を見ない大規模な古墳が集中してつくられる古墳時代に至る、4万年の日本列島の歩みです。
この4万年は、文字が存在しない、あるいはまだ十分に普及していない時期でした。この時期の社会は、土器や古墳など、ヒトがつくった「もの」が文字の代わりに重要な意味をもつ、文字以前の物質社会でした。そこでは、ヒトがつくる「もの」にさまざまなメッセージや意味が込められるとともに、今度はその「もの」がヒトの行動を規定するという面もありました。いわば、「もの」からヒトの心が見えてくる社会だったのです。
この本は、そうしたヒトと「もの」との双方向的な関係に着目する「認知考古学」という新しい方法論を用いて、4万年の日本列島の歩みを、考古資料という「もの」の分析から綴っています。たとえば縄文時代につくられた、火炎土器に代表される派手な装飾の土器の数々。これはただ当時の人びとの美的感覚を語るものではなく、当時の人びとが土器にそのような派手な装飾を加えなければならない、社会的な必要性があったからこそ生まれたものであり、その必要性とは何かと考えることで、当時の社会が見えてくるのです。
こうした視点から考古資料を見ていくことで、従来なかった、新しい列島像が描かれます。古墳についても、これまでの歴史学では「なぜ5世紀の日本列島にこのような巨大古墳がつくられたのか」という問いに明確な答えは出せませんでしたが、本書では、ある答えが提示されています。その答えが正しいかどうかは読んでご判断いただくとして、読者のみなさんの知的好奇心を刺激する1冊であることは間違いありません。

雑感

 考古学資料をもとに、旧石器時代から巨大古墳が築かれる五世紀までの、およそ四万年間の日本列島の人々と社会の歩みを描く。この一巻でその四万年を、文字を使わなかった時代として位置づけ、文字資料ではなく、物質資料から分析している。
考古学資料から、人間の心のありよう(とその変化)に迫ろうという姿勢がみられるのが、本書の特色である。また、地球環境の変化(温度変化とそれに追随する植生の変化)が人間の社会生活のあり方に変化を与えたという見方も一貫して出てくる。
 非常に参考になった。
 いい加減な推測をできるだけ排した慎重な態度で、土から発掘された考古学資料から当時の人々を研究しており、その点好感がもてる。
ただやはり、自分の言いたいこと周辺になると、どうしても推測が多くなるようではあるが。

メモ

「文字がふんだんに使われる社会とそうでない社会とでは、社会そのものの性質が違う。文字をもたない、あるいはまだ十分に用いない段階では、文字を必要とする複雑で安定した制度を保てないから、社会の仕組みは単純で、ともすれば移ろいやすい。こうした社会では、制度のかわりに、しばしば壮大な建造物や魅力的な道具を用いた儀礼が人びと同士を結びつける役割を演じたり、服飾や持ち物が個人の地位や身分を明確に示したりする。文字不在のもとで、社会のまとまりや仕組みを保つ機能が、物質文化、すなわち道具や建造物に、より強く託されているのである。」p10


「物質文化に高いメッセージ性を盛り込む傾向は、環状集落のところで考えたように、定住という状態のなかで人口が増え、人と人、集団のコミュニケーションの密度が高まったところに生みだされたと考えられる。」p100


「文字がない社会で、個人や集団がみずからの生存や利益を図るとき、その意思や自己意識、自らの優位や他者との連帯などの主張は、人の目をひく振る舞いや、そのための道具立て、持ち物など、特別な行為や物に頼る部分が大きい。つまり文字や制度を活用して他者の理解を求める術をもたないかわりに、視覚や聴覚を通して、他者の感情や認知に直接訴えるやり方が、圧倒的な比重を占めるのである」p103


「ダンバーは、オスとメスがそれぞれ複数いる込み入った集団のなかで立ちまわって利を得るため、推理や読心や欺きの能力が発達した可能性を説く。また、カミンズは、序列の激しい社会で脳が進化したことによって、他人よりも上位に立ちたいという欲求や、強い個体に追随する志向性を、私たちはもつようになったと述べる。私たちの脳は、生きるための競争や不平等に満ちた社会をゆりかごとして進化したようだ。平等で安寧な社会なら、このような脳は生みだされなかったに違いない。この脳がつくる私たちホモ・サピエンスの社会は、根本的には、時代を問わず不平等だということだ。むろん、縄文社会も例外ではない。」p117


「競争とともに、このような利他的行為もまたさかんに行われる社会環境のなかで長い進化の道を歩んだからこそ、私たちの脳は、それを動機づけるために友愛や思いやりの感情をもつになった。ほかの霊長類には顕著でないこのような感情の発達と、今みた記憶力の発達とが相まって、友愛や思いやりに基づく平等主義が、ヒト社会の進化のある段階で生み出されたと考えられる。」p118


儀礼は、もともと、個人どうしが関係を確かめ合うためのコミュニケーションの行為がパターン化したものといわれる。」p144


「世界各地のモニュメントの発達過程をみると、ストーンサークルや列石のように円く平面的なものから、ピラミッドや神殿のように四角く立体的なものへと変化の決まりがある。立面的な、つまり高さを強調するモニュメントが盛んな社会は、メンバーどうしの序列や階級格差もまた著しいようだ。(中略)直線的な立面形は、格差や不平等のアナロジーとなりやすい。人工物の知覚を通じて、物理的な上・下と社会的な上・下とが、私たちホモ・サピエンスの脳の中で結びついてしまうのである。」p251


「鉄が速やかに行きわたった日本海沿岸で、個人を顕彰・誇示する大がかりな墓づくりがいち早く発達した(中略)外部資源である鉄を軸とした流通経済システムでは、おのずと、それを差配する窓口として条件と力に恵まれた一部の人物や集団に、威信が集中していく傾向が現れる。」p278


「前方後円形・前方後方形の墳丘墓などに表れた、突出部を一方的につけるというアイデアには、どのような視覚上の特性が見えてくるだろうか。(中略)突出部をたったひとつだけつけたことによる知覚上の最大の変化は、前と後ろ、あるいは正面と背面といった方向性、つまり「向き」が明確になることだ。高さをもつ墳丘そのものによって演出されていた「上・下」の関係性に、さらに「前・後」「表・裏」という関係性が加えられたものということができる。」p290


「文字が出現することによって、上位の人の権威の由来にかかわる思想や、それに基づく複雑な身分制度を、言葉の情報という形でたくさんの人びとが体系的に共有できるようになると、人びとの間の上下関係を人工物に表現し、知覚に訴えて納得させる必要は薄れていく。逆をいえば、文字をもとにした言葉の情報による支配の制度が未熟だからこそ、美的モニュメントのような人工物に多大な労力を注ぐ必要性が生じるのである。」p322