祈りとは何か?

 どうしようもないこの思い。祈りとは何か? 祈りを見るとき、なぜ私は、心を打たれるのだろうか?


 少し前の話だ。自転車でヒューヒューとバイトに行く途中、街の中である光景をかすめた。クスの大木はあるけれども、趣は全然ないどうでもいい神社。そこで、背の高い女の人が一心に祈っていたのだ。私はその光景をかすめた。
 黒いロングコート。30代前半? 女は小さな社に向かって、顔を伏せったまま、熱心に祈っていた。


 まるで、電流が走ったみたいだった。自転車で疾走する中、年若い女が熱心に祈る光景が目をかすめたとき、まるで自分の体に電流が走ったみたいだった。私は非常に強い衝撃を受けたのだ。
 私はコテコテの無神論者である。その私が、人の祈る姿に衝撃を受けるなんて・・・。


 それはただ美しかった。高貴で、洗練されていて、一心で、盲目で、自然で、凝縮されていて。。。ただただそれはもう、美しかったのである。
 祈る姿に心を奪われたのか?
 祈るという行動に心を奪われたのか?
 それとも、祈り自体に心を奪われたのか?


 私はしばらく走った。衝撃に身を包まれながら、しばらく走った。そしてサッと反転した。我が愛車の機首を反転させた。そう、またあの女の祈る姿を見んと思ったのである。しかし戻ったとき、もうそこに女はいなかった。あったのは小さな社だけだった。小さな社が、ポツンと淋しく、一人きりで立っているだけだった。
 そこでもし女が祈っていたら、僕はきっとまた、衝撃を受けただろう。だが、女はいなかった。しかしそのこと自体に僕はまた、強い感銘を受けたのだ。小さな社にたゆたう神聖な空気を発見し、そしてそれに、ひどく感銘を受けたのだ。


 この体験は、僕を混乱させた。酷く混乱させた。
 ただ今いえることは、やっぱり、人間の大脳新皮脂質には「神性」を感じる部分があるんじゃないかという、一つの直感である。
 人にとって、祈りとは何か? わたくしにとって、祈りとは何か?
 このとき、僕の新しい人生の目標ができたのである。