大学受験のための小説講義

大学受験のための小説講義
石原千秋 2002 筑摩書房


【内容、カヴァー折口より】
毎年、数十万人もが受験する「大学入試センター試験」の国語には、小説問題が必ず出題される。しかし、これらの問題には高校の授業では教えてくれないルールが隠されていて、選択肢もそのルールをふまえた五つの法則によって作られているから、それを知らなければ太刀打ちできないのだ。また、国公立大学の二次試験にも小説問題が出題されるが、これもそのルールを前提とした独特の読解法が求められている。本書では、最近の受験小説の中から代表的な問題を選び、入試国語の隠されたルールを暴きながら、独自の読解法をあなただけに伝授する。もう一度、小説の醍醐味を味わいたいと思っている社会人にも必読の一冊。


【感想】
 内容は上記のとおり。もっとも、受験対策になるかといえば、普通の参考書を使ったほうが効率はいいだろう。しかし、随所にみられる小説への鋭い読みは、文学者の石原ならではで、できるだけ国語の先生は、このレベルまで読みを深められたらよいのだろう。いやー、なかなか厳しいと思うけどね。ちなみに、石原の指摘する国語の解答を導く五つの法則とは、


p164
①「『気持ち』と問う設問には隠されたルール(学校空間では道徳的に正しいことが『正解』となる)が働きがちだ」
②「そのように受験小説は『道徳的』で『健全な物語』を踏まえているから、それに対して否定的な表現が書き込まれた選択肢はダミーである可能性が高い」
③「その結果『正解』は曖昧模糊とした記述からなる選択肢であることが多い」
④「『気持ち』を問う設問は傍線部前後の状況についての情報処理であることが多い」
⑤「『正解』は似ている選択肢のどちらかであることが多い」


こういう受験国語の法則はいくつもあるが、石原の提示するものは、(教育者としての)解答者の読みを意識したものだという点で、特異だと思う。小説だけでなく、解答をつくる者の読みまで視野にいれた、視点の一段高い、俯瞰的な読みだろう。そして、解答をつくる者は、同時に教育者であらねばならないのだ。そこをふまえている点がおもしろい。


本書を読んでいて、あらためて、なにをどう問うかということに、出題者の読みと知性が問われていることを痛感した。


入試問題は、小説と出題者、そして問題を解く生徒との「対話」だと思う。しかし、入試問題である以上、正解を定める必要がある。このことは、その「対話」の可能性や豊かさを狭めているようにも思えた。
国語の文章問題は、高度な理解力を求められる、極めて、学習効果の高いものではないか。だが、潤沢な時間がない以上、採点者は、正解のポイントをふまえて点数をつけることになるだろう。これはもったいなあと思う。


本書でも、石原千秋らしい、するどいつっこみ(批判)が気持ちいい。筆者の、確かな知性と豊富な知識を感じる。
自分も、テクストに対し(遠慮なく)つっこみできる人間になりたいものだ。それには、まだまだ勉強が足りない!


【メモ】
「ほどよい省略、ほどよい謎かけ、これがすぐれた小説の条件だ。そして、それはまた受験小説の条件でもある。」p25


「研究者にとっては、『まったく答えようのない問い』に出来るだけ近づいた『なかなか答えられない問い』が、最も優れた問いだと言えるだろうか。それはほとんど『誤読』に近いが、『誤読』に少しでも触れる冒険を経験しないような読みは、研究者にとっては読みの名に値しない。研究者はたとえてみればテストパイロットのようなもので、テクストの可能性を限界まで引き出すのが仕事の一つだからだ。」p177


「いくつかのノイズ(直訳すればもちろん『雑音』だが、文学理論では『テクストを一つの物語に読むことを妨げるような細部の表現』のことを言う)が結びついてもう一つの物語を織り上げることもある。」p189