日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか

おすすめ!
日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか
小谷賢 2007 講談社

内容、カバー裏面より

暗号解読など優れたインフォメーション解読能力を持ちながら、なぜ日本軍は情報戦に敗れたか。「作戦重視、情報軽視」「長期的視野の欠如」「セクショナリズム」。日本軍最大の弱点はインテリジェンス意識の欠如にあった。インテリジェンスをキーワードに日本的風土の宿痾に迫る。

感想

旧日本軍のインテリジェンスについて、具体的な活動をもとに論究している。日本軍の情報戦といえば、敵対したアメリカ軍に暗号を解読されたことで、ミッドウェー海戦の敗北につながり、また山本五十六連合艦隊長官機をねらわれてしまったことは有名だろう。インテリジェンス能力の欠如を、敗戦の一因として指摘する声は多い。
ただ、本書によると日本軍もそれなりのインテリジェンス能力があったようである。特に陸軍のソ連に対する情報戦では、ソ連の防諜に苦しめられながらも、それなりの人員をさき、結果も残しているようだ。

旧日本軍は情報戦でも負けたのだ、といえばそれはそうなのだろうが、ざっくりいってしまっては内実はわからない。本書は具体的に日本軍の情報活動をおうことで問題を深く考察している。
またこのことによって、そもそもインテリジェンスとはなんなのか(単なる情報ーインフォメーションーと、それを分析したインテリジェンスとの違いなど)、そして日本の政策決定にあった組織的な問題や対外インテリジェンスを軽視するメンタリティといった、コトの本質にまでぐぐっと迫っている。インテリジェンスについて非常に勉強になるうえ、事実を土台に議論を深め本質に肉薄していく良い見本となる本だった。

メモ

○旧日本軍がどのような情報活動を行ってきたのか、まとまった学術的研究は行われてこなかった。

本書は戦前日本のインテリジェンスを「情報収集」「情報分析」「情報利用」の三点から検討していく。

○インテリジェンスとは、無数のデータを集め、そしてそこから有益な情報を抽出、加工することによって政策決定サイドに政策を企画・立案及び遂行するための知識を提供すること。
政策決定サイドは、国益に基づいた国家政策や目的を遂行するためにインテリジェンス機関に情報を要求しなければならない(リクワイアメントという)。インテリジェンス機関はそれに基づいて情報を収集、分析し、情報を提供する。この一連の流れを「インテリジェンス・サイクル」という。

○陸軍の暗号解読能力は、その人員や資金不足のわりに高かった。米外交通信の多くを盗読できた。これまで考えられていた以上に高度な能力を有していた。
防諜にも組織的に取り組む。
陸軍の対外情報活動の関心はソビエト連邦中華民国に対してで、多くの労力をさいた。中華民国に対して大きな成果を出している。しかしソ連については対日防諜活動も強力に推進されており、陸軍は相当苦戦。対米情報活動は低調。1943年以降、対英米に力を入れはじめたが遅きに失した感がある。

○海軍の暗号解読はあまり振るわず。また陸軍と比べ、海軍は防諜に力を入れず。機密漏洩にも甘かった。

○日本帝国陸海軍のインテリジェンスに関する問題点
・米英に比して人員や予算不足。
・情報分析のために外部の有識者(研究者など)に頼る姿勢が欠けていた。
・インテリジェンス機関の人事は場当たり的で、頻繁に異動することも。専門家がなかなか育たず。
・「作戦重視、情報軽視」という風潮。作戦部に優秀な人材が集中し、情報部に優秀な人材が集まりにくかった。
・作戦部が独自に情報を収集、分析していた。情報部の存在意義が低下。
また作戦部が情報分析すると、作戦遂行に都合のいい解釈が行われることも(「情報の政治化」という)。さらに作戦に寄与するか否かを主眼に情報収集、分析してしまうため、中長期的な情勢判断に失敗した。
作戦部と情報部は密接な協力体制をもちながらもその機能をわけるべきだった。
・日本軍のインテリジェンス能力は、相手の軍事情報や作戦計画に対応することはできていた。しかしスタッフ不足もあり、経済・産業情報や相手の文化といったトータルな観点からの視点が必要な総力戦や大戦略のレベルになると対応しきれなくなった。
・日本の政策決定は、外的要因よりも内部の組織関係、人間関係が及ぼす影響が大きかった。その結果、対外インテリジェンスが軽視されてしまった。
・煩雑な過程を経て行われた組織間のコンセンサスが重んじられたため、重要な局面で情報が届いても政策決定に活かされ難かった。
・情報を集約、評価する組織がなかった(海軍は、陸軍が米国の暗号を解読したことを敗戦まで知らず)。セクリョなリズムにおかされていた。情報のダムがないと、政策決定機関が情報をくみ上げる場所が分からなくなってしまう。
・リクワイアメントの不在。情報部は情報をためこむだけの組織になり機能不全に。
・情報機関は組織化されず、現場を指揮する指揮官が個人的に行うことが多かった。

○1941年海軍は、アメリカと日本との軍事力に差が開き、アメリカがより一層強硬な態度に出ることを恐れた。この難問に対する解答が、真珠湾奇襲攻撃で米艦隊を一気にたたくことにより、アメリカ国民の厭戦気分を引き出すことだった。