神々の体系 深層文化の試掘

神々の体系 深層文化の試掘
上山春平 1972 中央公論社

内容、出版者ウェブサイトより

大和朝廷の支配を基礎づけた古事記日本書紀は歴史の実相とどう対応していたのか・歴史と価値のかかわりを深層文化論の立場から追究する著者は、奈良時代前期の背景をなす公の価値体系をになう基本文献として記紀をとらえ、共通の制作主体として藤原不比等に着目しつつ、両書の神々を体系づけて、天皇家の権威が新興の藤原家の実権掌握の手段として利用されたにすぎないとの見方を論証する。

感想

日本神話は支配者としての天皇の正当性を裏づけられるように話が組み立てられている、ということはよく知られている。天皇の祖先神であるアマテラスとその子孫神たちが、自身の霊威や全き内面ゆえに国津神から国を譲られたり、あるいは国津神たちを服属する。それが日本神話の後半のストーリーである。

著者はそれに加えて、記紀神話がまとめられた時期に権勢をほこった藤原氏の影響をみる。藤原氏といえば天皇外戚関係を結んで有力な一族へとのしあがったことで有名だ。
著者が上記のように述べている根拠は主として二つあって、

・一つはそれほど地位が高くなかった藤原氏の祖先が、神話のなかでは重要な役割を与えられていること。
・もう一つは兄弟間の皇位継承が多かったはずなのに、神話のなかではより古い段階は直系による継承だった、としていること。である。(直系の方が、天皇外戚関係を結んだ藤原氏に有利)

どちらも藤原氏にとって都合の良いことだという。

なるほどなあ、と思う点もある。しかし、これだけだと、藤原不比等の意志が記紀神話に反映しているとは、必ずしも言いがたい。藤原氏のもともとの氏姓制度における地位については、著者も述べるように、改ざんがあったかどうかは別として、高い地位だったというかたちで押しとおしきれていない。改ざんされたと仮定したならば、その具合は不完全なのである。皇位継承についても、伝説ともいえるほど過去の話だから、リアルではなく単純に直系というかたちで伝えられた、という考えも十分にできよう。

よって、藤原氏の権威を高めるために記紀神話に対する介入があったかどうか、現存史料からはなんともいえない、筆者のあげる証拠は不十分と考える。

ただ、記紀神話天皇による統治の正当性を裏づけているというのは、その通りであり、藤原氏のように天皇外戚関係のあった氏族が大きな力をもった時代ではなく、「大臣」や「大連」といった複数の氏族がある程度それぞれ力をもっていた時代に、神話がとりまとめられていれば、もっと多様な内容をもった神話が、複数の権力が屹立する無秩序で豊かな神話が残されていたのではないか。そう、想像をたくましくさせられた。

メモ

古事記には「根の国系」と「高天の原系」という二つの系統がある。
根の国系  : ・カミムスビ  ・イザナミ ・スサノヲ  ・オオクニヌシ
       慕うものと慕われるもの、目をかけるものとかけられるものといった心情のきずなで結ばれている
高天の原系 : ・タカミムスビ ・イザナギ ・アマテラス ・ニニギ
       命令するものと命令に従うものといった意志のきずなで結ばれている

上記の神は左から右へと、あり方はそれぞれだが系譜として引き継がれている。
また根の国系と高天の原系で、あり方はそれぞれだが対応している。

この両系統が交わるところにイワレヒコという初代天皇が位置づけられている。

スクナヒコナ穀物の種子を連想させる。農耕神だろう。
とびきり小さく、口をきかず、ヒキガエルやカカシと関係が深く、指のあいだからこぼれ落ちた子供であり、かつ国作りに大いに役に立つというあり方なので。

○「不比等は、自らの手でつくり上げた律令制をたくみに利用しながら、旧来の氏姓制度のもとではとうてい太刀打ちできそうにない名門の豪族たちを圧倒する地位に藤原家をおし上げるための素地をつくった。」
豪族に分散していた権力をいったん天皇のもとに集め、律令にもとづいて行う政治が律令制。そのなかで藤原氏天皇との外戚関係構築に成功し、大きな権力を集めた。

大化の改新以前の氏姓制度のもとでは、大伴氏や物部氏のように大臣、大連制のメンバーたる資格をもった氏に比べ、中臣氏(藤原氏の前身)の地位は低かった。

ところが、日本神話を読み解くと、氏姓制度のなかではそれほど地位が高くないはずの中臣氏の祖先が、重要な役割を演じている。不自然。

藤原氏の権威を高めるために、その祖先に重要な役回りを演じさせたか。

○史実として信頼性の高い応神天皇以後は兄弟で皇位を継承していることが多い。しかし史実として信頼性が低い応神天皇より前の皇位継承をみていくと、父から子へと直系で継承している。文武天皇と娘を婚姻させることに成功した不比等の、直系での継承により孫である首王子を皇位につけたい、そうして律令制の頂点にいる天皇の意志をコントロールしうる立場に自分と自分の思想をおきたい、とする執念が繁栄されているのでないか。