メディアは私たちを守れるか?(松本サリン・志布志事件にみる冤罪と報道被害)

メディアは私たちを守れるか?(松本サリン志布志事件にみる冤罪と報道被害
木村朗編 凱風社 2007


【松本サリン事件】Wikipediaより
松本サリン事件は、1994年6月27日の夕方から翌日6月28日の早朝にかけて、長野県松本市北深志の住宅街で起こった、テロ事件である。なお公式情報の発生時刻よりも2時間ほど前に発症者が出ているという指摘もある。住宅街に化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、7人が死亡、660人が負傷した。


松本サリン事件は、オウム真理教松本支部の立ち退きを周辺住民が求めていた裁判におけるオウム真理教側の敗訴の公算が高まったことが背景にある。教祖松本智津夫は、裁判を担当する判事の殺害を指示し、村井秀夫・新実智光端本悟・中村昇・中川智正富田隆遠藤誠一は、長野地方裁判所松本支部官舎に隣接する住宅街にサリンを散布した。


事件発生直後は如何なる物質が使用されたのか判らず、新聞紙上には「松本でナゾの毒ガス7人死亡」という見出しが躍った。ガスクロマトグラフィー/質量分析計(GC/MS)分析により、散布された物質がサリンであると判明したのは7月3日のことであった。


その後9月頃になって『松本サリン事件に関する一考察』という怪文書が、マスコミや警察関係者を中心に出回っていく。この文書は冒頭で「サリン事件は、オウム真理教である」と言及するなど、一連の犯行がオウム真理教の犯行であることを示唆したものであった。翌1995年3月に地下鉄サリン事件が発生し、程なく目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件でオウム真理教に対する強制捜査が実施された。その過程でオウム真理教幹部は、松本サリン事件がオウム真理教の犯行であることを自供した。


この事件は、警察のずさんな捜査や一方的な取調べ、さらにそれら警察の発表を踏まえた偏見的な報道により、無実の人間が半ば犯人として扱われてしまったという、冤罪事件・報道被害事件としても知られている。


当初、長野県警察は、被害者でもある第一通報者の河野義行を重要参考人とし、6月28日に家宅捜索を行い薬品類など数点を押収。その後も連日にわたる取り調べを行った。


また、マスコミは、一部の専門家が「農薬からサリンを合成することなど不可能」と指摘していたにもかかわらず、オウム真理教が真犯人であると判明するまでの半年以上もの間警察発表を無批判に垂れ流したり、河野が救急隊員に「除草剤をつくろうとして調合に失敗して煙を出した」と話したとする警察からのリークに基づく虚報情報を流すなど、あたかも河野が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けた。
また、サリン=農薬とする誤解は現在に至っても根強く、農薬の安全性が不当に貶められる状況を作り出す事件にもなった[5]。その後も、あたかも農薬を混ぜることによって、いとも簡単にサリンを発生できるが如き発言が続いた。この発言は、農薬からサリンを生成できるという認識を植え付け、冤罪報道の拡大にも繋がった。
この論調は、特に地元有力地方紙である信濃毎日新聞により伝えられた。
マスコミの中で特に悪質だったのが週刊新潮で、『毒ガス事件発生源の怪奇家系図』という見出しの記事で河野家の家系図を掲載してプライバシーを侵害した。地下鉄サリン事件後も河野は週刊新潮のみ刑事告訴を検討していたが、謝罪文掲載の約束により取り下げた。


後にオウム真理教が真犯人であると判明し、河野の無実が証明された。野中広務国家公安委員長(当時)が謝罪に訪れているが、長野県警は「遺憾」の意を表明したのみで「謝罪というものではない」と捜査の間違いは認めなかった(1995年6月の会見にて)。一方、マスコミ各社は誌面上での謝罪文や訂正記事は相次いで載せられたが、河野への直接謝罪は皆無である[8]。なお、オウム側はアーレフへ再編後の2000年に直接謝罪した。その後、河野は田中康夫長野県知事(当時)によって捜査機関において事件の教訓を生かすために長野県公安委員に任命され、また書籍中で報道被害の実態を語った。なお、河野の妻はサリンによる被害を受け、2007年現在も意識不明である。


志布志事件Wikipediaより
志布志事件(しぶしじけん)は、2003年4月13日投開票の鹿児島県議会議員選挙(統一地方選挙)・曽於郡選挙区(当時、改選数3)に当選した中山信一県議会議員の陣営が曽於郡志布志町(現・志布志市)の集落で住民11名に焼酎や現金191万円を配ったとして中山やその家族、現金を受け取ったとされた集落の住民らが公職選挙法違反容疑で逮捕された事件を巡る捜査で、鹿児島県警察が自白の強要や数ヶ月から1年以上にわたる異例の長期勾留など違法な取り調べを行ったとされる事件の通称。


マスメディアでは鹿児島事件(かごしまじけん)・鹿児島選挙違反事件(かごしませんきょいはんじけん)・鹿児島県議選買収事件(かごしまけんぎせんばいしゅうじけん)との通称も使われる。


【雑感】
 本書は、2007年1月に行われた鹿児島大学法文学部公開討論会ー個人情報保護とメディアー「メディアは私たちを守れるでしょうか?」での講演及びパネルディスカッションを中心に据え、かつ討論会関係者の論考によって編まれている。


 本書の「まえがき」には「本書全体を通じて、冤罪を生んだ捜査当局の実体と報道被害をもたらしたメディア、またそれに荷担することになった市民といった構造を明らかにすると同時に、こうした冤罪・報道被害の再発を防ぐための方策について、特にメディアのあるべき姿を中心に考察・提起することにしたい」とある。その意はある程度尽くされているといえるだろう。主として取り上げられている事件は松本サリン事件と志布志事件であるが、どちらも報道によって疑われた人がマスコミや世間から激しいバッシングを受けたという点で共通する。なお、志布志事件においては「冤罪」というよりもはや「でっちあげ」であることから、初期においてマスコミの機能が全く生かされなかったことがはっきりと露呈した事件といえるだろう。


 松本サリン事件で警察からもマスコミからも疑われた河野義行氏の基調講演の記録は圧巻であった。取り調べの実態をリアルに報告。警察から疑われ捜査されるということはどういうことなのか。長時間に及ぶ取り調べ。高圧的な尋問。警察官が息子に対し「お父さんはもう吐いた」とウソをついて行われる「切り違え尋問」。ほとんどの市民はそんな経験はないだろうし、これからもないかもしれない。しかし、河野氏のように突然その被害に遭うことは十分に誰でもあり得るのだ。そのことを考えながら読んでいくと身の引き締まる思いがした。


 河野氏サリン吸引により家族を失い自信も負傷した被害者である。のみならず、逮捕こそされなかったとはいえ警察による冤罪の被害にもあったといえるだろう。これらは重大な問題だが、もう一つ目を向けるべきは、河野氏は壮絶なメディアスクラムとメディアの誤報道と世間からのバッシングの被害者でもあったということである。


権力を監視し国民の知る権利に応える機関であるどころか、特ダネ争いから不確定な情報を垂れ流し不当なバッシングを誘発させ、かつメディアスクラムによって河野氏に多方面から精神的苦痛を与えた。この事件に対してメディアのとった行動は反省してあまりあると思う。


なお、河野氏が逆にメディアを利用し、自分の無罪とバッシングの理不尽を訴えたのは特筆しておくべきことだろう。もっとも、このシンポジウムには私も参加していたが、河野氏メディアリテラシーの高さと精神力の強さ、地頭の良さを感じた。よき友人にも恵まれていたのだろう。誰もが河野氏のような高いメディアリテラシーを身につけているわけではないことは十分注意しておくべきことだ。日本の教育はもっとそれを指向すべきである。


 松本サリン事件と共に本書の題材となっている志布志事件においては、逮捕用件となっている贈収賄がそもそもなかったとする判決が出た。これは冤罪ですらなくでっちあげであると各論者が指摘しているのはまさしくその通りだ。初期においてマスコミは警察情報をそのまま流すことしかしなかった。しかし、朝日新聞鹿児島総局が犯行日の特定されていない起訴状に気づき、警察報道から一歩離れ、そしてそれに疑問を呈するような報道を行った。これはメディアが私たちを守れた良い例だろう。初期の報道からこのような姿勢で報道が行われなかったことが悔やまれる。


 本書では、メディアだけでなく、それを無批判に受容しバッシングに走ってしまう世間に対する批判もなされていた。


 警察の問題。メディアの問題。市民の問題。私たちはこれらを解決するためにどうすればよいのだろうか。


 警察の問題は本書の主要な問題ではなく、特に目立って解決のために言及があったわけではなかった。しかし、メディアやそれを受容する私たち(市民)はどうあるべきなのか各論者からいくつも指摘がなされていた。


 例えば、杉田洋氏は疋田桂一郎氏の「①警察の発表を一度は疑う②現場に行ったり、関係者に当たり裏付け取材する③記事の中で「警察情報である」ことを明示する④わからないことは「わからない」とはっきり書く⑤もっと続報を書く?無理に話を面白くしない⑥取材競争での勝ち負けに力点を置いた評価基準を変える」という主張を紹介していた。これはメディアに突きつけられている重要な指摘だろう。


 他にも各論者から指摘があった。それらはそれらで極めて重要で鋭い指摘だったと思う。


 しかし、同時に物足りなさを感じたのも事実である。例えば上で紹介したもの。これは70年代にすでに主張されていたものである。さてそれは、今現在どれほど生かされているのだろうか。メディアのシステムとしてどれほど取り込まれどれほど効果を発揮しているのだろうか。30年近くたちこの体たらくなのだから、口で唱えているだけでそうなるわけではないは言うまでのことではないだろう。各論者の主張は「こうすべきだ」といっているばかりで、そうするためのシステム変更への道筋はもちろん、どうしてそうされてこなかったのかということに対するまともな言及すらない。ほとんど精神論と呼べるものすらあった。


 私はこれらマスメディアの問題はマスメディアが構造的に抱えている問題だと思っている。だから、記者個人の精神を問題にしたって解決はするまい。マスメディアも利潤を追求しなければならない会社である。限界があろう。けれども、社会的責任が大きいし、税制上優遇されている。なにより、第一次ソースに直接接しているという点ではもはや独占してさえいる。この二つの点(利潤と社会的責任)で板挟みになっているのだろう。今のマスメディアはそれを認めるのをおびえているようにみえる。だから、利潤を追い求め好き勝手なことをしているくせに、ときに知る権利がどうのこうのと高説をたれて自身を神聖化してしまう。それがメディアスクラムや冤罪報道につながっているのではないか。マスメディアが利潤と社会的責任に板ばさみになっていることを自覚すると、報道被害がマスメディアと社会のかかわりの中で構造的に起きていることがわかる。


 このように、本書で各論者が指摘しているマスメディアの問題を本気で解決しようとしたら、マスメディアそのもののシステムに重大で深刻な変化が要求されるだろう。記者個人が努力したぐらいでどうにかなるものではない。


 ゲームを変えなきゃ、報道被害はなくならない。


 マスメディアというシステムの大きな変化には良い面もあるし悪い面もあると思う。私個人は条件付きで現状維持しても良いと思っている。本書の議論はそこまでいっているか。


 私がこのレポートの冒頭でまえがきに対し「その意はある程度尽くされているといえるだろう」と書いたのは以上のように解決面での言及が浅かったからだ。


 マスメディアの問題に絞って指摘したが、もちろん本書で取り上げられた事件がマスコミのみならず警察や市民の問題が複合的に絡まって起きているのはいうまでもない(本質的には警察の問題である)。


 本書全体のまとめとして、それらをリアルに指摘していると十分に評価できる。
 しかし、マスメディアと社会をうごめき複雑に絡みあうシステムとしてとらえてほしかった。それでこそ各論者の主張もやっと生きてくる。なにより、社会にとってマスメディアがどうあるべきなのかもっと具体的な議論ができる。それを抜きに、匿名報道や匿名発表、取り調べの可視化を議論しても意味をなすまい。


《20080202の記事》